書き出せば意外と書けたりする、こともある。
特殊文めのこに追加一本、「わたしをだれとこころえますか」。
取り敢えず報告だけ
報告だけというのも難なので、ネタ出ししたは良いけどあんまり面白くならなかった小咄でも。
特殊文のめのこ系列のネタですが問題はこれ別に女子じゃなくてもいいよねってことだ。
:こんなのなくてもいきてける
がり、と嫌な音がした。
リーロンから教科書代わりにと貸し出された書物から顔を上げたロシウの目は、シモンの手から白い粉が零れていくのを捉える。藍色の頭は俯き黒い石の板に伏せられていたが見えない表情など震える肩口から容易に想像出来た。
シモンがこうやって白墨を砕いてしまうのはもう何度目になるだろう。そもそも少女にしては膂力のある彼女の指先は慎重になればなるほど力が入ってしまうようだった。
動きを止めていたところで失敗を取り戻せないことを知っているシモンが口をへの字に結んだ貌を立てる。つぶらな灰色の瞳は眇められ目元が歪んでいた。白く汚れた指先を黒い板へ擦り付け、忌々しげな怨嗟が漏れる。
「…どうして、こう…!」
板を支えていた掌が外れて伸ばされた足の上に板が倒れた。これでもかと言うほど濃く白い粉で記された文字が不器用に表面を躍っている。それらの線は確かに几帳面に描かれてはいたが、故に逆に読み辛いという結果を生み出していた。
ちびた白墨をぎゅっと握ったシモンは自分の板を眺め、隣に座るロシウが壁に立てかけておいた板を見、小さくもうイヤだと呟く。うんざりしきった声音に慌て、本を閉じたロシウはまたも突っ伏したシモンへ言葉を重ねた。
「で、でも、ほら!文字があれば…ええと、そう!
声が届かないところにも、言葉を届けられますよ!」
早口に並べ立てられた内容に胡乱な瞳がロシウを捉える。少しはやる気を取り戻せただろうかと気遣う友人からまた石板へと視線を戻し、シモンは億劫そうに息を吐いた。
「…文字って難しい」
心細いとも聞こえるような声音に気遣う色が黒い双眸に滲む。だが続いた言葉はロシウの思いもよらない内容だった。
「みんな、なんで全部違うのに読めるんだ…」
俄にはシモンの意図が読めずに瞬いた黒髪の少女はどうにか慰めようと相槌を探す。
「え?…確かに、26字と組み合わせがあるから」
だが彼女が台詞に意味を持たせるよりも藍色の頭が振れる方が早かった。
「違う、ロシウのも、リーロンのも、ニアのも文字が全部違うじゃないか。
あれどうやってみんな読んでるんだ?」
意気消沈した音の端々に溜息が混ざる。けれどロシウはその一つ一つに反応をみせては居られなかった。
「…シモンさん、あの、…もしかして」
訴えられた内容を吟味し自分なりに噛み砕いた彼女は恐る恐る尋ね返す。うっそり見返す灰色の眸を覗き込み、ロシウは彼女にしてはやや乱暴に捲った本の見開きをシモンに示した。
「ある程度の書式さえ守っていればあとは大丈夫なんですよ!」
「?」
言いながら文字を見せてもシモンには伝わらない。眉間の皺を深くする友人を見てロシウは頁の上の文字と自分用の黒板に書いた同じ文字を指し示した。
「ほら、ここがこういう風に曲がっていれば」
直線の組み合わせを辿る指を追ったシモンの眦が余計に引きつれる。言い聞かせるロシウの言葉を振り切って、穴掘り少女の両手が友人の真似をするように本と板に触れた。
「でもこっちとこっちで曲がり方が違うじゃないか!」
「誤差の範囲内なんです!」
訴える方も必死だが、訂正する方も一生懸命になる。しかしそうやって熱が入れば躍起となるのも時間の問題だった。
「こんなにずれてたら掘り進んだ時に問題が起こるよ!」
「それとこれとは必要とされるものが違うんですってば」
間違いなく認識がずれているのはシモンの方なのだが本人にとっては自身の認知を否定し難い。粗っぽく石板を突ついた彼女はぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「こんなの無くても生きてける!」
抱えていた板も脚から降ろしたシモンが不機嫌に手を打ち鳴らすと白い粉が舞い散る。
「そんな、シモンさん」
ヘソを曲げた少女にロシウは弱り切った声を上げた。
後に書類仕事に散々苦しめられることになるシモンの苦難の道は、既にこの頃始まっていたのである。
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