もともとお聞きしたものとは根幹から違っているという有様。
酷ェ!
シモンは死んだ。
虫けらのような死に方だった。
犯されたんだかボコされたんだかとにかく最後にゃ内臓を抜かれて抜け殻になってドブに棄てられてた。
やせっぽちだったくせに骨と皮だけになっちまって更に見る影もありゃしねえ。
燃やしてやる価値もあるんだかないんだか、そんな死体だった。
そんな死体だったんだ、命からがら私刑から逃げ出して雨んなか駆けずり回ってみつけだしたのは。
ハハハバカみてぇだな。生きてるわきゃねえって解ってて、でもどっかでもしかしたらなんて考えて、走って走って息切らして偶に歩いてまた走って転んで泥被って、この腐れた街のどこかであいつがまだ息をしてるんじゃないかなんてさ。
その時は必死だったんだよ。
全然大事になんかして無くてちょっと甘い顔みせてやったら嬉しそうにしていつでも後ろをついてきて、我が儘言わねえ文句もねえ、俺がぐうたらしてようが何か思いつこうがちっこい手と細い腕で食い扶持稼いで、それで俺は本当に欠片だってあいつを省みたりなんかしなくてよ。
でもなんでだろう頭の中でぐるぐる回る、偶に小銭持って帰って飯食わせてやった時の笑顔とか酒浸りで寝っ転がる俺に毛布かけてくれる仕草だとかなにより兄貴と呼ぶあの声、なんでか知らねえがともかくどこまでも俺を甘やかすあの声、シモンの声が。
だけどもうなんもかんも遅くてだってシモンは死体で喋るはずもねえし。手遅れじゃねえか。
ああ、もういっかなァ。
ぐっちゃぐちゃの死体を抱きかかえてフラフラ歩きながらそんなことを考えた。
あんだけ死ぬもんか生きてやるとしがみついてきた人生がなんだかもう意味が無いような気がして、もう一度連中にとっ捕まって死ぬのも悪くねえ、いや痛ェのは嫌だなあとかそんなことばっかウダウダ思ってたんだ。
飯も食ってねえし血もたっぷり流してたし頭もぼこすか殴られてたし、まあ意識も実のところはっきりしてなくて、で最後路地裏だかなんだかで俺は死体を抱きかかえた死体になりかけてた。
その終りに。
ああ死ぬな、シモンは天国だろうけど俺は地獄だななんて珍しく殊勝に考えてた俺のことを拾った奴が居たんだ。
年食ってる奴だけが持つ重ったるしい、そのくせ張りのある声でそいつは言った。
「…来な。お前はここじゃあもう終わったよ」
…そのババァの名を、シモンと言う。
そんなわけで(どんなわけだよ)、俺は命拾いした。いや、本当に命拾いなんだかは解らねえ。ババァが言うには俺はもう元の世界から切り離されていて戻ることはできないんだそうだ。つまり俺は確かにあの雨の街で死んでいたわけで、そっから先はオマケというか地獄に堕ちるまでの執行猶予期間みてえなもんだった。
シモンと言う名のババァと来たら俺を連れてきた癖にもうそこで満足しちまったのか、ねじくれた塔の一室に俺を案内したきりあとは好きにしなの一言しかなかった。なんてババァだ。
だから俺が得たこの珍妙な塔の知識は、今目の前で酒かっくらって管巻いている女から得たものしかない。…この女の名も、シモンと言う。
「あのババァがよ、集めてんだ。どいつもこいつも世界のどんづまりからな」
塔しかない世界、塔の世界の外には出られず見えている位置に辿り着けるかは行ってみないと解らない階段や無数の部屋で構成されたこの世界に居る連中のことだ。俺、こいつ、ババア。それから男が一人、女が一人、ガキが二人。本当はもっといるのかも知れないんだが確認したのはそいつらだけだった。
「別世界から引きずり出して大丈夫ってこたぁつまりその世界の螺旋にゃもう必要ねえか弾かれちまった奴なのさ」
俺の場合は自分で全部ぶっ壊したんだけどさ。
男みてえな口調で語る女は折角の白い肌を青い刺青で飾り、なんでだか乳丸出しのボンテージを着込み、その上から黒と赤のコートを羽織っている。で胡座を掻いて酒瓶から酒を飲んでいる姿ってのは色気があってもあんまり関わりたくねえもんだ。おまけにこいつの両目と来たら、怪しげな光を宿してぐるぐる渦巻いている。あのババアですらこんな目ん玉は左ッ側だけだっつうのに。
しかし俺の意見なんざてんで聴いちゃいねえ女はラッパ飲みした瓶を外した口で説明を繰り出す。どうもババァに俺の世話を押しつけられてるらしい。ご愁傷様。
「ジャリ共は元の世界じゃ死んでた奴等っつってたけどな。
カミナの方は地上で死ぬはずで、シモンの方は崩落で死ぬ予定だったんだと。たまたまそれを見つけちまって放っとけねえってんでここに引き摺りこみやがった」
つってもまあ確かにこの女以外にゃここにマトモに喋れる奴はいねえ。
ジャリ共はまだ10かそこらで要領を得ねえ。残る男の方はこの塔の中をさまよい歩きながらニャーだかなんだかいう女の名前を呼びつづけている幽霊みてえな生き物だ。最後の一人は…ああ、考えたくもねえ。
考えたくもねえがそいつの名前もシモンと言って、そして死んだ俺のシモンと全く以てそっくりな姿をしてやがるんだ。華奢で小さくて弱々しくて、でもなんだかやけに優しい笑顔をして。でもその笑顔が向くのはそいつが抱きしめている人形にだけだ。
刺青女曰く、それは生まれなかった娘の赤ん坊代わりらしい。しかももともとはそのシモンはもう成人で、でも流産した挙げ句に夢の世界の住人になって外見も巻き戻ったんだと。若返るくらいじゃ俺も驚きゃしねえ。あのババァの力に比べりゃ可愛いモンだ。なにせこの塔自体、ババァの力で作られババァの力で支えられてるんだそうだから。理解の範疇越えてるぜ。
「死なせといてやりゃあよかったんだ。
死ねばなんも考えねえで済む」
暇つぶし用の酒も飲み干して、ボンテージは舌打ちしながら吐き捨てる。ああまあ俺も同感だ。なんでこんなとこに居るんだか俺にはまったく解らねえ。
「あのちび共だってここで生きたところでどうせ一生出られねえ。無意味だったらないってのに」
そんなことをあのババァが解ってねえはずもないだろう。だがババァは俺たちのような連中を拾ってくるのを止めない。
何故か。
ボンテージ女が言うには、ここはあのババァの子宮だそうな。作れもせず産めもしなかったガキの代わりを集めて悦に入っていると。
「くっだらねえ。
ガキが欲しけりゃ男とやっときゃよかったんだ。50年近く生きてなにやってんだか」
んなこと言ってから女の光る両目が俺を見た。獣によくにた目つきに俺がビビるのを見て取って女が嗤う。ああこいつホント性悪だな。なんでこいつもシモンなんだ。
げんなりしている俺を眺め女はああでも男なんて碌な奴いねえしなあとげらげら笑い声を上げる。
「愛してるだの守るだの、ロマンチストばっかりで実がなくてよ。
勝手に愛情投げつけてバタバタ死にやがる」
最初の男は大言の好きな奴でガキの俺にはひたすら眩しくて格好良くて本当に惚れてたってのに、あっさり俺を庇って死にやがった。
二人目は生真面目な男で全然気性も合わねえのに俺についてきて、ああもしかしてこいつを頼ってもいいんだろうかなんて考えた矢先に俺の身代わりに殺された。
三度目の正直が死んだ時にゃもう笑うしかねえ。
そいつァ不死身ってふれこみだったんだぞ、不死身。切られようが撃たれようがすぐ傷も塞がるし年も取らねえの。だっつうのに原子レベルでバラバラにされちまって情けないったら。
「あんまりしょうもねえから、ついでに世界も滅ぼしちまった」
けらっけら、楽しくも無さそうに笑う女は椅子代わりの寝台の上に身体を投げ出していて、いったいそりゃ俺が上に乗ってもいいってことなのかどうか微妙なところだった。むしゃぶりつきたくなるくらいの身体はしてるが俺も爆弾に突っ込む趣味はねえし。
つくづく、妙な所へ連れてこられたもんだった。
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