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飯は喰いたし、眠気は強し。 そんな感じののらくら雑記帳。
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Posted by - 2024.04.20,Sat
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Posted by 中の人:狐或いは右端 - 2009.07.13,Mon
想定していた幾つかの要素を削ったり突っ込んだりまた削いだりなんだりして、どうにかこうにか。
メッセンジャー、って単語を入れなかったせいでやったら文章が書きづらかったです。
なんだかんだと当初の想定からはズレましたが、本筋のプロット自体は相変わらずなので、話の重要度はもしかしたらそんなに高くなかったのかもしれません(毎回そんなだな)。






政府から離れた私が、こんな所へ入ることになるとは思わなかった。
議事堂、というよりも旧テッペリン王城の地下にある特別治療施設。ムガン、と名付けられた敵に大怪我を負わせられたシモンは、病院ではなくここに運び込まれていた。
この場所は単なる病室じゃない。最大級のセキュリティと、そして特殊な医療設備が備え付けられている。何が特殊なのか…は、ロンが教えてくれた。シモンの身体がどんなものになってしまっているのかということも。
一緒に話を聞いたニアはへたり込んでしまいそうになって、それでもシモンの見舞いがしたいと言った。だから私も彼女と一緒にここへ足を運んだのだ。こんなことになってしまったら、明日のテストの準備だなんて冗談にもならないもの。
大仰な機械の中にぽつんとシモンの身体が収まるだけの大きさのベッドが備え付けられた室内を覗ける窓へ手を突いて、空いた手でニアを抱き寄せる。ニアの肩は小刻みに震えていた。もし、ニアが隣にいなければ私も膝が保ったか解らない。
シモンは外から見ている私たちには目もくれず、包帯を巻いた掌でころころとコアドリルを弄んでいた。虚ろな瞳と声がここにはいない筈の相手へ語りかける。
「…あにき…どうしたの…」
カラッポで、舌足らずの声がスピーカーを通してこちらへ届いた。聞いていたくないのに音源を切る勇気が出ない。
「また、村長と、ケンカ…したの…
 いいよ、おれのメシ…わけてあげる……」
ブータは包帯と、ケーブルに包まれた身体に寄り添っていた。ああやって傍らに居るだけの度胸は私にも、ニアにもない。
「えんりょ、しないで。だいじょうぶ。はんぶんこにしよう。
 ブータはね、おれのから、あげるから」
指先が小さな相棒の喉元をくすぐった。さりさりと毛並みを乱されるのに常なら喜ぶはずのブータが、小さく不安げに鳴く。耐えきれない、と言うようにニアの喉から息が零れた。
「シモン…」
悲痛に呼びながらニアは両手で顔を覆った。元から白くて奇麗な肌は、今はもう青ざめてしまっている。
「ニア、あんたも少し休まなきゃ。ね?
 ここは私が見てるから」
本当は、一人でここに残りたくはなかった。だけどニアをこのままにもしておけない。どうにか浮かべてみせた笑顔に、ニアは戸惑った顔をして、もう一度シモンを見つめて、それからいやいやをするように頷いた。
「…はい」
明らかに後ろ髪を引かれている様で、ちらちらと何度も振り返りながらニアは医療室から離れていく。人気のない通路に足音が悲しく響いた。被さるように、掠れた言葉が耳に押しつけられる。
「今日はね、けっこうほったから…ステーキ、おおきめだし…だいじょうぶ…
 だいじょうぶだよ、あにき」
なにも、大丈夫なんかじゃない。
大丈夫なんかじゃないよ、シモン。
螺旋王の時もそうだ。地上に出た人間は滅ぼすと言われ、私の故郷は戦いに明け暮れるはめになった。今度は人類殲滅システムだかなんだか知らないけれど、私たちが必死で手に入れた世界が蹂躙されている。
何故。どうしてこんな理不尽な目に遭わなくてはならないの?
悔しくて、腹が立って、でも私にはなにもできなくて、また苛立って。私は思いっきり壁を殴りつけた。
「いったい…なんだって、言うのよ…!」
絞り出した問いに、答えがあるだなんて思わなかった。けれど意に反してスピーカーが働き、室内から明瞭な言葉が流れた。
「全てはスパイラルネメシスの防止策」
ばさり。治療室の壁へはめ込まれたガラスの向こうに、黒いマントが広がる。
「螺旋生命の持つ螺旋力は、人の持つ果てしない欲望のまま膨大なエネルギーを生み出す。膨張するエネルギーはやがて人の支配閾を越え、暴走し、やがて全宇宙を飲み込む巨大な渦となる……結果、永劫の静寂が訪れる」
機械越しの声は───やっぱり、どうしようもなく、カミナのものだった。でもあいつのような熱はなくただひたすらに冷たい。いや、温度すらない。
「我々アンチスパイラルはスパイラルネメシスを未然に防ぐため、螺旋生命を監視してきた。地球も例外ではない」
カミナは振り返らない。唐突に現れたくせしてゆっくりと床を踏みしめ、機械に繋がれたシモンへと歩み寄る。
「管理者たるロージェノムが倒され、野放図に繁殖した地球人類の総数は100万を超えた。人間は望みを叶えるためならば所有する力を使うことを躊躇わない。それは螺旋力であろうと同じこと。
 スパイラルネメシスが起こる可能性を我々は看過しない」
なんの前触れもなく与えられた情報に頭が追いつかなかった。その間にもアンチスパイラルの尖兵は、カミナは、シモンの枕元へと近づく。
気づけば私は治療室の扉を蹴り開けて護身用にと持たされていた銃をホルスターから抜いていた。照準を定めることに迷いすら抱かずに。
「それ以上シモンに近づかないで!」
黒い指先は今にもシモンの藍色の髪に触れようとしていた。毛を逆立てたブータがそれに対峙している。銃口が向いているのを理解しているのか、いないのか、意に介してもいないのか。ただ赤く光る瞳はシモンだけを見つめていた。
「人類殲滅システムっていったわね。
 それはなんなの? どうなるっていうの」
自分を焚きつけるように口調は挑む者のそれになった。けれどやはり、カミナは、違う、アンチスパイラルの男は淡々と応じこちらへ視線を投げようともしない。
「月が軌道を離れ、地球へ激突する。
 大気は燃え上がり、地表はまくれ、地上も地下も死が蔓延する。
 それが人類殲滅システム。───全ての結末」
なに、それ。
思わず腕から力が抜け、銃の重さのままに下向いた。その合間に敵のものとは思えない程に優しく男の掌がシモンの髪を梳く。宙を見ていたシモンはそれに身体を震わせ、静かに隣に立つ男を見上げる。
「……あにき」
今までの生気のない呟きとは違った。喜色を伴った声と共に、表情すら柔らかく解ける。チューブに繋がれた腕が離れようとする男の手に追い縋った。届かないままに引き戻され、直立する男に少しでも近づこうとしてシモンは動くことが出来ないはずの身体を起こそうとしてみせる。生まれたての獣のように頼りない動きで、それでも。
「あにき」
幾つかの配線が抜け落ち、子どもが親を求める仕草でシモンは両腕を伸ばした。僅かに背を折りシモンの鼻先へと顔を近づけた男が囁く。
「…最早戦いは無意味だ。
 抗うことの愚かしさを身を以って知っただろう。シモン」
抱きつこうとした怪我人は、けれど相手に触れることが敵わなかった。光の粒へと姿をぶれさせた男は、少し離れた位置でもう一度姿を再構成する。その手にコアドリルが煌めいていることに気づいて、私は反射的に銃を構え、トリガーを引いた。
「このコアドリルこそ、螺旋力の象徴。
 スパイラルネメシスの起爆剤」
間違いなく当たった筈なのに、弾丸は的をすり抜けて壁にヒビを入れる。思わず硝煙の跡を確かめた。その隙にまたも男の身体は揺らめいて、今度は言葉一つ残したまま部屋から消え去る。
「ただ絶望し、終焉を待つがいい」
平板すぎて怖気の立つその科白に私は呆然と立ちつくした。だけど対照的に、室内のもう一人は今までの動きが嘘のように激しくのたうつ。
「あにき! ……あにき!」
告げられた現実よりも目の前から男が消え去ったことを嘆いてシモンは寝台へ手をつき背中を起こした。計器が嫌な音を立てるのにも構わず繋がった栓を引き抜き、包帯へ体液が滲むのも気にせずベッドから降りようとする。当然まともに立てるはずもなく、シモンは床に投げ出された。
そこまで呆けて眺めてしまってから、やっと私はシモンに駆け寄る。
「シモン! 止めなさい、シモン! お願い!」
押さえつけようとする私を振り払うシモンの力は怪我人とは思えないものだった。これが機械を植え付けた作用なのだろうか。それとも、カミナという人間への、執着。
涙を流しながら床を這いずるシモンにブータが寄り添いどうにか止めようと奮戦する。蠢くシモンは狂人じみていて、そう感じた自分に吐き気を覚えた。
……私は狂うほどにあいつを愛することは無かった。
傷ついてボロボロになってそれでも体を引き摺って追いすがろうとするシモン程には私はあいつを求めなかった。敵だと宣言したあいつへ向けて、弾丸さえ放ったのだから。
シモンと私の決定的な差を見せつけられて、どこかで「負けた」と感じたのは事実だった。
炎の朱から血の紅へと転じた瞳が映していたのは私ではなく、シモンだけだったから。
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