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飯は喰いたし、眠気は強し。 そんな感じののらくら雑記帳。
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Posted by - 2024.05.03,Fri
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Posted by 中の人:狐或いは右端 - 2008.10.29,Wed
めのこ三人娘で小話。
これを挟んで一気に話を進められるかな、などと画策しております。
結局カミナの描写で詰まってるんだけどさ!






休みを、と部下達に言われ、必要ないと返した筈だった。だが部下達の言葉はむしろ懇願に近く、倒れる前にと休暇が申請されていた。
立ち止まっている猶予などないと焦るロシウに、キノンが身体を休め万全の状態でなければ想定外の事態には対処できないと釘を刺す。地下での極秘研究に引きずり込んだ者達から倒れられては困るのだ、と言外に言われ、かくしてロシウは久々の休日を手にしていた。とはいえ、帰宅するその両手にはいくつもの書類が抱え込まれていたのだが。
補佐官としてやるべきことを為し、その上で街を守る為の研究。
息つく暇も無く注ぎ込まれる時間にだが応じる成果は微々たるものだ。
その象徴であるかの如く、生体コンピューターは答えない。
あれさえなんとかなれば都市機能の解明は一気に進む筈だと思えば歯ぎしりも鳴ろうというものだ。しかし、かつて彼女が過ごした村がそうであったように、現実はままならないものと相場が決まっている。
 ────確かに今は夢の続きなのだ。地下に五十人だけが押し込められるような古い戒律から人々を解放する夢を叶えた、その先にロシウは立っている。そして、幼い頃考えていた完全な自由など無いことを知った。どこへ行っても、何をするにも、限界と束縛はつきまとう。或いは人の生活圏を広げるという夢を持った時から、ロシウは果てのない旅路に就いたのかも知れなかった。そしてその旅路には壁も罠も多い。
「ただいま帰りました」
やっと帰り着いたロシウは扉を開き、大きく息を吐いた。降ろした荷物がドサリと音を立てる。センサー感知で玄関に電気がつき、それと同時に居間の扉が開いた。
「ロシウ!おかえりなさい!」
既に日付も越えようという時間だというのに待っていたのだろう。ニアは軽やかな足取りで靴を脱いでいるロシウに並んだ。その笑顔は疲れを癒し、心を和ませる。だがロシウは誤魔化すように視線をブーツへと落とした。
こうしてニアの笑顔を見るたびに、自分のしていることがいつ露見するのか、それこそ時限爆弾を抱えたような心持ちになる。
敵将であった男、しかしニアの実の父親。そんな存在を使って実験を行う自分に嫌気が差し、しかしそれでもこの行為が明日を切り開く方法なのだと信じていた。信じているのでなければ、とっくに心は折れていただろう。
神が人を救わないことをロシウは痛い程学んでいた。だからこそ、人間は自らの手で己を守らねばならない。その為の知恵であり、法であり、科学であるはずだ。
人々の安寧を守る…その願いの為に、ロシウはニアに向けて笑顔を見せることが出来る。そしてそれは、彼女が持つ柔らかな友情の発露でもあった。
しかし友人の表情を見つめたニアはふわりと髪をくゆらせて仁王立ちする。
「いけません、ロシウったら眉間に皺が」
つま先立ちしたニアのたおやかな指先がロシウに触れようとした。相手の体温に怯え、髪が揺れる程にロシウは後ずさる。
「目に指なんて入れませんよ!?」
心外だと言わんばかりにニアは頬を膨らませた。その愛らしい所作にさえ後ろめたさを感じ、ロシウは視線を逸らす。
「…済みません」
決まり悪く謝る言葉は先ほどの行動に向けてではない。そんなものを隠れ蓑にしなければならない己の手の穢れに胸が詰まった。
友人の葛藤を知らないニアは、素直に相手の仕事の難しさを案じて小首を傾げる。
「ロシウは頑張りやさんすぎます」
瞳に咲き誇る花が翳った。青く輝く金の睫毛が目尻に影を落とす。
「シモンもです…二人がそんなに頑張らなくたって周りの人はきっと力を貸してくれます。あれもこれもとなってしまっては、かえって間違いを起こしてしまうかもしれないのに」
囁く言葉は伝えるつもりだったのか、本心が零れたのか。視線を上げたロシウがどう応じればいいのか迷っている間に、奥からぼやけた声が響いて来た。
「あ。ロシウ、おかえり…」
眠気混じりの声音に瞼を擦る仕草まで見せながらシモンがニアのいた居間からのそのそと姿を現す。本当は二人一緒にロシウの帰宅を待っていたのだろうが、シモンの方は半分寝ぼけているようだった。
それはそうだろう。彼女もロシウと同じように激務に追われているのだ。むしろ各地に引っ張りだこのニアが元気で居ることの方があり得ない。
しかしそのあり得ない状態を維持した元姫君は、それらしい優雅な仕草でさぁお茶を淹れ直しましょうねと台所に向かっていく。思い出したようにロシウは荷物を纏めて自室へ運び込んだ。
「ロシウ、お支度が終わったらお部屋に来て下さいね」
開け放したままのドアから柔らかな誘いが飛び込む。返事をしなくても了承していることをニアは理解してくれていた。こうして真夜中に三人が一部屋に集まるのは珍しいことではない。
元は王宮だった建物に三部屋連ねて居室を構えているが、ロシウの部屋は書類で溢れ、シモンの部屋も地質調査の器具で埋まりどちらも生活するには不十分な有様になっていた。だから三人が集まるのは専らニアの部屋になっている。
すれ違ったココ爺にただいま、と軽く頭をさげてロシウは見慣れたドアをくぐった。同じ間取りのはずなのに飾り付けだけでここまで変わるのかと思えるほどほんわかとした色彩がロシウを出迎える。
「いらっしゃい、ロシウ」
ふわりと微笑んだニアはベッドの上で、既にぬいぐるみのように横たわったシモンの脚を膝に乗せて、一つ一つ丁寧に足の爪の手入れをしていた。脇に誂えられたローテーブルの上には並べられたカップが三つ、色違いのお揃いだ。
「シモンったら深爪してそのまんまなんですもの」
くすくす喉を鳴らしながらニアの美しい指先が一日立ち働いている足の爪を磨く。なんとなくそちら側には並び難く、ロシウはシモンの頭の傍へ腰を下ろした。その揺れで閉じていた瞼を開けたシモンが、こっちへと手招きするようにロシウの部屋着の腰を引く。されるがままに近づけば座して揃えた膝の上に藍色の糸の塊が乗り込んできた。親友の動きで乳房の隙間からこぼれ落ちたブータが瞳と片手を上げてロシウに挨拶し、またもぞもぞと定位置へ潜り込む。ぷりぷりと揺れる星形のついた尻がなんとなくおかしかった。
ブータと、態度の大きなペットのようなシモンの仕草に吹き出しそうになりながらロシウはシモンの頭を撫でる。単調な動きとニアの存在は仕事に疲れた二人の少女の強ばりを溶かしていった。ふにゃりと口元を緩めるシモンと同じようにロシウも眉間がほぐれ、年相応の幼さが顔を覗かせる。無くなりはしない心労を、それでも一時だけでも軽く出来たことを感じ取ってニアは十枚の爪を磨き上げた。外見に限りなく無頓着なシモン、清潔感と体裁を保てればそれでいいロシウの二人を飾り立てたくてニアはいつでもうずうずしている。
「…気持ち、いいなあ…」
二人の友人に甘やかされたシモンがぽろりと零した。大きく息を吐き、ゆっくりと身を起こした彼女はベッドに足を投げ出し、俯き加減に唇を薄く開く。
「これがさ、毎日だったらすごくいいよね」
まだ眠気が残っているのか焦点の合わない声音の左右にニアとロシウが寄り添った。それぞれに手や腕を取られ、体温を分け合いながらシモンは気楽すぎて非現実的になってしまう言葉を口にした。
「このまま、どっか行っちゃおうか」
欠伸混じりだったのは本音の誤魔化しだと友人達は即座に見抜く。理解されていることを承知しながら、それでもシモンは夢想の言葉を続けた。
「三人でさ、遠くへ。俺が穴掘ってロシウは先生になったりして、ニアにご飯作ってもらって。暢気に三人でずっと暮らす。そういうの、どうかな」
静かに重ねられる、あり得なくはない光景。
素敵ね、とニアは何も知らない少女のように微笑む。だが俯いたままのシモンが彼女の表情を見ることは無かった。
内に溜め込まれた澱が吐かせた世迷い言。自ら踏みにじるために紡がれた夢。答えなど求めていないのだと知りながら、それでもロシウはシモンの手に絡めていた指を離した。代わりに、疲労に襲われながらもどうしてかまっすぐ伸びている痛々しい背中を抱きしめる。
「できもしないことを、言うのは辛くないですか」
核心を射抜かれた痩せた肩が震える。床を見つめる娘が毎日、議事堂の透明な壁から覗く夕日の為に足を止めることをロシウは知っていた。あの色はカミナの瞳の色で、ヨーコの髪の色。結局この娘は七年間、そこから目を逸らせないでいる。
相棒の身体から離れベッドの上に立ったブータが心配そうにシモンを見上げた。小さな獣は地下の世界からずっと少女の傍にある。不安定に揺れる灰色の瞳を見つめることが出来るのは、身体の小さな獣だけだった。整えられた毛並みを撫でてその心労に同調しながらロシウは口を開く。
「あなたが、カミナさんから離れられる訳がないじゃないですか」
どこか呆れを含む指摘に勢いよくシモンは勢いよく上げた頭を左右に振った。
「そんなこと」
「嘘はいけません」
だが即座に浮かべた否定は、更に却下された。隣に並んだニアはいっそ晴れ晴れとした笑顔を見せる。
「シモンは兄貴さんが大好きで大切です。そんなこと、私もロシウもずーっと前から知っているのですよ?」
メッ、と額を突いたニアは思い出したようにローテーブルへ手を伸ばした。そこには三人のために用意されたお茶だけではなく、カラーで印刷された冊子もある。手に取ったニアは、両腕を突き出して二人の友人の目の前にその雑誌を突きつけた。何を言い出すのか解らず、誘われるがままに表紙を見つめる二人の補佐官に元姫君は胸を反らして宣言した。
「シモンがそんなことを言い出すのも、ロシウの眉間の皺が取れないのも、お仕事ばかりしているからです!
 ですから、私たちは絶対に、お外へ遊びに行くべきなのですよ」
反論は許さない。威厳を醸し出しながら言い募るニアは口を差し挟む余地を与えなかった。
「シモンとロシウがどんなにすごいことをしてきたのか、街を見て実感して、そして楽しむ権利もあるはずです!
 なにより明日は!」
ぐ、とニアの顔と花咲く瞳に力が入る。ブータまでもがいつの間にかニアの膝の上に座り、ぶーぶっ!と彼女を後押しした。
「三人ともお休みなのですよ!」
絶対に遊びに行くべきです。毅然とした物言いでニアは頑として譲らない顔だ。ここのところ三人揃ってということも少なかったせいか、絶対に自分の意見を通すつもりでいる。
シモンとロシウはどちらからともなく顔を見合わせ、そして双方肩を竦めた。こうと決めたニアを止められる者など居はしない。
二人が賛同を示したことを認めたニアは、この日一番の笑顔で親友達を器用に脱力させた。
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