台詞優先で書始めた所為で描写がやたら抜けているという。
お子さんが出てきますがまあ、きっとどっかのタイミングでいたしてたんでしょう。
兄貴童貞で死ななくて良かったな(そこかよ)!
本編でヨーコが肝っ玉母ちゃん的ポジションになって育ったシモンの背中を見ながら 「あんた(カミナ)はシモンの中に居るんだね…」とか言うキャラになってくれると個人的にツボだなあとか思いつつ書いていたはず。
最初抱いたのはひたすらな悲しみだった。
遅れてやってきたのはどうしようもない後悔だった。
最後に全てが憎しみに変わった。
…それでは足りないと気付き、俺に遺ったのは殺意だけだった。
俺の全てを奴等は奪っていった。あの人が持って逝ってしまった。
だから今度は俺が奪う。俺が殺す。
俺の中の空洞を、埋めるために。
警報は無意味なほどに鳴り響いていた。命令系統が混乱する中肉声で連絡を取り合おうとする獣人達の声を掻き消すほどに。そして上塗りされた声は絶命によって永遠に断たれた。
血染めの赤い衣を翻し、戦艦の通路を単身駆け巡り、着実に機能を潰して人員を削いでいく男が一人。手際の良さには慣れが見え、撫で切りにした死体を一顧だにしない。通路に詰まった獣人達を後ろから切り払い、遠距離から彼を狙った者は短銃で撃ち落とされた。しなやかな身は矢より鋭く素早く動きその眼は獲物を逃がさない。
「おいお前」
山ほど扉に取り縋っていた所為で、白刃を逃れた獣人一匹。尻餅をついたその牡の肩口を刀で突き刺し、銃口を向けて細身の青年が問う。
「最後の四天王ってのは何処にいる?部下置いて尻尾巻いて逃げたか?」
震える獣人はそれでも反論しようとした。お前に答えられるものか。あの御方はそのような卑怯者ではない。だが戦慄いた唇に反抗を見て取った年若い男は一言すらも許さずに引き金を引いた。
「尋いたことに答えな」
太股を打ち抜かれて苦痛にのたうつ兵士が、一瞬あらぬ方向に視線を投げる。救いを求めるその仕草に欲しい情報を受け取って青年は口許を歪めた。
「有難うよ」
一閃。それで首が跳んだ。噴水のように湧き出る生暖かい体液を浴びても青年は気にしない。ただ、最後の目標を求めて扉を潜った。
一人。たった、一人。
だがその一人が全てを終わらせていく。上がる火の手と散る血に飾られた男の名を、畏怖を篭めて獣人は呼んだ。大グレン団の、穴掘りシモン。獣人を墓穴に叩き落とす男。
そして同時に、彼は獣人達を討ち人間を救う英雄とも呼ばれていた。大グレン団の切り込み隊長だ、と。団員のみならず人間達全てが思っている。
だが担ぎ上げられた少年の背中を見たことがある者は少ない。血まみれの赤いガンメンを操り、時に二丁拳銃と刀でただ敵を倒していく…虐殺していくその後に、ついて行ける者は何人たりとも居なかった。
彼は、いつでもたった独りで戦いに行く。
ごほり。喉の奥が焼けつくように痛んで、咳をして余計それが酷くなった。ぼんやり開いた眼が映した世界は歪んでいて、頭痛が酷い。敵に撃たれたのか。死ぬのか俺は。なにもかも中途半端なままで。駄目だ。未だ死ねない。思考がぐるぐると回る。
だが、やって来たのは最後通告ではなかった。水滴の落ちた水面のように揺れる視界に、幼い輪郭を持った子供が映り込む。そして、シモンは苦痛を訴える喉から思わずその名を零した。
「…カミナ」
名を呼ばれ、息を飲んだ子供がすぐに見える位置から居なくなる。ぱたぱたと小さな足音が聞こえた。違う。あれは、あの子はカミナではない。知っていた。知っているから、シモンは呼吸すら苦しい唇を僅かに緩める。
朱い髪。紅い瞳。面差しは、父親によく似ている。
「かあちゃん、にいちゃんおきた」
ばさりと布のはける音がした。ここはでは自分達の駐屯地かと納得して、シモンは重い身体を起こす。脇腹に痛みがあった。呻きを歯を食いしばって留め、灰色の瞳は子供が消えた暖簾を見つめる。
あの子が産まれた時、自分はやっと拳銃を正確に的に当てられるようになっていた。あの子が産声を上げた時、刀を腕の延長として扱えるように血豆を作っていた。
あの子が瞳を開いた時、俺は、獣人を殺していた。
「…シモン」
じっと見つめた向こう側から、女が足を踏み入れた。ヨーコ。呼ぼうとして声が上手く出せない。手に桶を抱えたヨーコはシモンが背を起こしているのを見て慌てて駆け寄ってきた。
「横になんなさい。まだ苦しいでしょ?
ほら、汗拭いてあげる」
シモンの首が重そうに支えている頭を心配そうに覗き込み、座り込んだヨーコは水で満たされた桶を隣に置く。柔らかな手が肩を押して楽な姿勢を取らせようとした。優しい手。母親の手。それをシモンは頭を振って断る。眉を寄せたヨーコは、小さな溜息を吐いてから桶に浸されていた布を絞って手に取った。
「あんた、熱出して倒れたのよ。傷からばい菌入って…下手したら、死ぬとこだったんだから」
そうかとあまり興味なさそうに呟くシモンの背を冷えた布が黙々と拭う。肌に纏った熱が少し下がり、シモンはいつの間にか閉じていた瞼を開いた。一度濡らすためにヨーコの手が離れた隙を縫って立ち上がる。身体がふらつき、たたらを踏んだ。目を吊り上げ、ヨーコは叱咤しながら手を引っ張る。
「バカ!寝てなきゃ駄目に決まってるじゃない」
「四天王は全部殺した。あとは螺旋王だけだ」
シモンはぶっきらぼうにそれだけ言い、服を求めて部屋を見渡した。大グレン団の居住用テントはさほど広くない。目的の物を見つけたシモンが足を踏み出した瞬間、背中にヨーコが飛びついた。
「駄目、行かせない!今度こそ死んじゃうかもしれないじゃない、無理しないでよ!」
鍛錬し過ぎたシモンの背丈はあまり高くはない。胸に腕が周り、肩口に鼻面が押しつけられた。温かいと思うより先に熱が疎ましく感じる。たおやかな手を掴んで引き剥がし、振り返りもしないまま吐き捨てた。
「…無理を通して通りを蹴っ飛ばす。それが俺のやり方だ」
ヨーコが呑む息が耳に届く。無視して畳まれた自分の洋服に手を伸ばそうとして、その手を払われた。目の前に赤い髪を揺らしたヨーコが仁王立ちになる。
「泣くのとか悲しいのとか苦しいのとかお葬式とかお墓とか敵討ちとかも全部、全部ッ!
生きてる人間の為なのよ、生きてる人間が生きてくためなのよ!?」
悲鳴じみた声が頭に痛い。それでもシモンは即座に応じた。
「そうだよ、俺のためだよ」
静かすぎるが故に声は朗々と響く。解っていた。殺しても殺しても殺しても殺しても、あの人は返ってこない。無駄に命を消費しても人間と獣人に禍根を遺すだけで、利点は無い。
それでもシモンは行かなければならなかった。その焦燥感を理解出来ずにヨーコは叫ぶ。
「あんたはバカよ!そこまで自分の人生あいつにくれてやるつもりなの!?」
振り上げられた手がシモンの頬を張った。乾いた音を立てた自分の手を引き戻し、まるで自分のやったことが信じられないとでも言うようにヨーコは彼女手の平を見つめる。その呆然とした顔を眺め、シモンは口火を切った。
「俺にはもうなんもない!
故郷は捨てた!家族は死んだ!兄貴は殺された!
帰るところも、守るものもなんもない!」
がなり立てたシモンを見つめ、はたいた手を握ったヨーコが痛みを堪える顔で言い募る。
「私達じゃ駄目なの?帰って来て、あんたは私達のとこに帰って来てよ!
待ってんの、私達ずっと待ってるんだから!」
ただでさえ熱っぽかった身体に火がついた。口から零れる声が止まらない。獣人の命を奪うのと同じように、どうしてもシモンは言葉を止められなかった。興奮を示して身体が勝手に両腕を広げる。
「俺から復讐まで奪う気なのか!?
それしかない、それしかないんだ、あとは全部からっぽなんだよ!
獣人共の死体とガンメンの残骸でそこ埋めねえと息してらんねえんだ!」
灰色も金色も、双眸を吊り上げていた。いっそ情熱的に視線が絡み合う。
そして宙で揺れるかさついた手を水で湿った手が握りしめた。強く引き寄せ、更に彼女のふくよかな乳房の間に押しつける。一瞬引こうとした仕草を両手で押さえつけてヨーコはシモンを怒鳴りつけた。
「だったら私を抱きなさいよ!
卑怯者でも売女でもなんでもいい、あんたの子を産んで立派に育ててみせるわよ!
正真正銘家族になるわ!」
声は、泣き声に似ていた。ぐいぐいと押しつけられる手の甲に心音が響いてシモンは低く呟く。隈が常態になった眼が殺気立った。
「いい加減にしろよ、ヨーコ」
「嫌」
押し殺された声音を赤い髪を振り乱してヨーコは否定する。被りを振って苦しそうに顔を歪め、彼女は少し俯いた。
「嫌よ。
あんただけが悲しいんじゃなかった、悔しいんじゃなかった!
皆辛くて苦しんでたんじゃない!」
祈るように併せた両手の中に血の臭いのする手を包み込んで訴える。
「カミナは死んで、でもあんたは生きてて…っ
守りたいって思っちゃ駄目なの、助けたいって思っちゃ駄目なの!?
あんたまで死んだら…私、どうしたらいいのかわかんないよ!」
必死の呼び掛けに、しかし戻ったのは無感情な声だけだった。ずるりと男の手が穏やかな束縛から抜け出す。
「どうもしねえよ。
ガキ守って立派に育てろよ」
凍えた声音は余韻すらない。今度こそヨーコを押しのけシモンは衣服を掴み上げた。赤い染みの取れない服を纏い、側に置かれていた武器を手に取る。その感触は手に馴染んだ。
ぼろりと。その姿を見て、ヨーコの大きな瞳から泪が落ちる。頬まで伝う雫は月と同じ金色の彼女の瞳の色を映していた。一目だけ見てシモンは顔を背ける。見ていたくなかった。
優しい母親。シモンが永遠に喪ったものの一つ。今度こそ守りたいと思うもの。
そして同時にどうしようもなく妬ましい女。
「お前は良いよ、ガキこさえてて守るもんあって先に進めて!
俺は違うんだ、俺にはっ…」
その先は、遂に喉の奥に詰まった。嗚咽すらなく泣く女に、衣服ばかりか血臭を纏う男は半身で対峙する。正面から向き合えずにいる彼等の沈黙は外から破られた。
音を立てて器を落とし、それに構わず軽やかな足音が室内を駆ける。
赤い髪と肩を揺らした幼子は、両腕を広げて母親を庇った。
「かあちゃんをいじめるなっ!」
叫びにシモンの心臓が大きく鳴る。見下ろす灰色の視線を真っ向から見上げ、子供は両手を握り拳にしてその足下に立つ。
「にいちゃんなんかキライだ!
かあちゃんをなかせるな!でてけっ!でてけよっ!!」
精一杯伸ばされた腕と手がシモンの足を殴った。痛みはない。脇腹に響く痛覚すらシモンには簡単に無視できるものだった。
だがシモンは崩れるように膝をつく。その目を前にして、心を固めていることが出来なかった。自分の弱さ情けなさなど知っている。子供の瞳はそれを容赦なく暴き立てた。
「…そうだよな、お前の母さん泣かせて……悪人、だよな」
掠れた囁きにヨーコが震える。構わず肩を殴ってくる子供を、その痛みを求めるようにシモンは抱寄せた。子供の体温は、熱を持つシモンのそれと変わらない。あの人の体温もこれほど熱かったのかどうかシモンにはもう思い出せなかった。
ただ、子供の涙を湛えた赤い眼はシモンの心臓を射抜く。よく似ていた。あまりにもよく似ていた。真っ直ぐで一本気で、死にすら勇ましかった子供の父親に。
「お前のその目に責められるのが、一番キツイ…」
抱きしめられて尚子供はシモンの胸を叩く。辛くて辛くてそれでも涙が出なかった。あの日干上がってしまった。やはりシモンの中は空っぽで、その乾きと餓えに彼は耐えられない。
子供を引き剥がし、母親の方にそっと押す。後退った子供と、その肩を抱く母の瞳がシモンを見つめた。シモンは口端を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべる。
「あばよ」
服の裾を翻し告げた男は、その表情以外まともに表わすことができなかったから。
リーロンは自分に出来る仕事がたった一つしかないことを知っている。今も昔も変わらず、ガンメンや機材を最高のコンディションに保っておくこと。それだけだ。
忙しなく動く彼の横で、だが彼の教え子はどうしようもなく手を止めていた。気づいていても咎めることをせずにいるリーロンに、遂に耐えきれなくなったのかロシウが向き直る。
「シモンさんをこのまま、ここに留めておけないんでしょうか」
必死な声は早口になっていた。常に落ち着いた態度を心がけている彼には珍しく表情には苦悶が浮かんでいる。その憂慮を理解しながら、しかしリーロンは切り捨てた。
「無理ね」
にべもない言葉にロシウは顔を跳ね上げる。その優しさは解る。シモンを行かせたくないが故にこのガンメンの、ラガンの修理をしたくない気持ちも痛いほど解った。それでも、もし自分達がシモンの致死率を下げたいのならばラガンをパーフェクトに仕上げておくことしかない。何故なら。
「本物の死にたがりはね。…助けられないのよ」
ロシウが息を呑む。リーロンの冷めた横顔に冗談は一切無かった。真剣すぎるほどの瞳で天才整備士はラガンのメンテナンスを続ける。言葉もない黒髪の青年の横、座り込んでいた少年が唇を噛みしめる。
「…やだよ」
邪魔をしないという約束で二人の仕事ぶりを眺めていたギミーが呟く。
「やだよ!」
もう一度、今度はしっかりした声だった。何度も頭を振って、ギミーは腰を降ろしていた箱から身体を滑り落とす。それを見計らったように重い足音が彼等の傍で止まった。
「リーロン、どうだ」
暗く沈んだ声だった。それが明るく跳ねていた頃の記憶は誰の中からも風化を始めている。軽く瞬きをしてから、リーロンは努めて穏やかに応えた。
「一応、万全ってところね。今回のメンテも自信作よ。…正し」
早速ラガンに乗り込もうとするシモンを眺め、リーロンは冷静さの中に悲しみを忍ばせる。どうしても隠せはしなかった。シモンのことを、リーロンは、ずっと気に入っていたのだ。死地に送り出したいなどと思えるはずもない。
だが優秀に過ぎる整備士で、酸いも甘いも噛み分けた性別不詳の年嵩は、自分が少年にしてやれることなどせめて注釈をつけることしかないと解っていた。
「乗り手までは保証しないわ。ラガンが修復出来るのは自機だけよ。
あなたの面倒までは見られない」
「構わない」
即答だった。迷いもなく手は操縦桿を握る。サラシに血が滲んでいることを目敏いリーロンは見逃さず、さりとて殊更騒ぎ立てもしなかった。師の姿を見、ロシウは顔を背ける。
止める物無く隔壁を展開させようとしたシモンを、ギミーだけが呼び止めた。
「シモン、俺も連れてってよ!」
円周に手をついて身を乗り出す少年に顔も向けずシモンは断った。
「駄目だ」
しかし断られることを見越していたギミーは食い下がる。ぎゅうっとラガンの円周に置いた手に力が籠った。
「どうして!役に立つよ、俺砲撃型ガンメン使うの得意だし!」
片手が倉庫の中に並べられたガンメンを指し示す。やはり振り返らぬまま、だが暫しの無言を挟んだ後にシモンは首を振った。諭す声音にギミーの動きが止まる。
「お前には、ダリーがいるだろ」
一度だけ。たったその一度っきり振り返り、シモンはギミーを真っすぐに見た。
灰色の眼も死相の浮かんだ顔も限りなく優しく、刹那少年の脳裏に幼い頃の記憶が浮かぶ。その肩を、武器を握りすぎた所為で固くなった手の平が掴んだ。
「たった一人、血を分けた妹じゃないか。お前が傍にいて、守ってやらなきゃ駄目だ」
真摯な言葉に返事もなく、肩を押し出されるままにギミーは一歩下がる。
「手を、離すな。一生後悔したくなければ」
返事は出来なかった。する前に隔壁が閉まり、シモンの姿が見えなくなる。シモン。呼ぶ声は呟きにしかならなかった。自分は何も言えないのだと、ギミーは理解する。ラガンのホバーが点火されて浮き上がった。
「螺旋王は俺が殺す。
…その先を、お前が見に行け」
頭上から降ってくる声にギミーは顔を上げる。ガンメンは迷わず一直線に夜空を駆けていった。流れ星のように。
ギミーとの会話だったり、母親ヨーコと超やさぐれシモンの有り様がすごく胸に来ました。
ガンメンをボコボコにしていたシモンが刀や銃で直接獣人達を狩っていくという肉体派シモンに目からウロコと申しますか、納得、ツボりました。
シモニアは皆さんが書いておられるので、それ以外のCP系を探してさまよっていたらこんな素敵なグレラガSSに会えました、書いてくれてありがとう!
となんだか無駄に長文を書き殴ってすんませんでした、とても面白かったです。
管理人冥利に尽きます。
実は書いたのがカミナ死亡直後辺りでして、その頃はまだシモンが螺旋力でロージェノムと殴り合いするとは夢にも思っていませんでした(笑)。
ニアが出せなかったのも未だ本編に登場していなかったからなので、放映中だからこそ書けた内容かもしれません。
当ブログではヨーコが割を食う羽目になることが多く心が痛んでいるのですが、ヨーコ・シモンの会話を楽しんで頂けて嬉しいです!
その部分が書きたかったがために書いたような内容ですので!
重ね重ね、感想誠にありがとうございました。
紅蓮篇・螺厳篇から数年、本編が5周年ということで作品を再解釈したくも思っております。
更新するする詐欺の場末ブログをみつけていただいて、厚くお礼申しあげます。
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