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飯は喰いたし、眠気は強し。 そんな感じののらくら雑記帳。
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Posted by - 2024.11.23,Sat
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Posted by 中の人:狐或いは右端 - 2008.07.02,Wed
描写力の欠如というか構成力の無さというべきなのか、スピード感のない戦闘とグダグダした心理描写?が延々続きます。
もっとスパっと書き出せればいいのになあ…
なんか結局このシリーズ、筆者が迷いながら書いているせいかヨタヨタ進行になってしまっています。申し訳ない。

最初はヨーコさんはシモンからカミナを奪ってしまったという罪の意識があったんだよみたいな話の予定だったのかなあコレ…書いてる人間が脳みそヨレヨレすぎるわい!
ちなみに今回ロシウの退場理由がちょっと生々しいかもしれないのですが、このシリーズ始めた頃から理由はこれに決めていたという嫌な裏話があります。いや折角女の子だし、成長期だし…






全体的におおざっぱな作りの戦艦の中で、唯一繊細さを内包しているのが医療施設だ。白を基調に様々な機材とコードが壁を飾り戦艦内での役割の特殊さを示す。
そのなかでヨーコは軽く傷ついた自分の腕を正面に座るニアへと差し出していた。小さくできた火傷はヨーコにしてみれば日常茶飯事のものだが見習い看護師のニアにはちょうどいい教材だ。
大グレン団に正式に身柄を引き取られたニアは、その恩返しにと言わんばかりに自分の仕事を探していた。その結果、シモンの病気やロシウの怪我を看護した経験がこの救護室で役立つのではないかと思いついたらしい。
当初ニア目当てに大勢の怪我人という名の不届き物が列を成したが、ヨーコの怒りとリーロンによるこの施設の重要性説明によって彼等は脱落していった。
元気が取り柄のダイグレン団員にとって重要ではあるが普段は閑散とした救護室の中、差し出されたヨーコの腕にニアは鼻先がくっつくのではないかという程顔を近づけて治療を続けている。静けさを取り戻した救護室の中、ヨーコのここをこうして、という指示の度に大げさなくらいの反応が返った。器用とはお世辞にも言えないがやる気にだけは満ちている。
もたつきながら軟膏や白布を操るのは働くことを知らない手だったが、ニアは一生懸命だった。その必死さを手助けしているとヨーコの脳裏を古い記憶を掠めていく。彼女もまた幼い頃、村人たちの為に必死になった人間の一人だった。それがニアのあまりに未熟な手さばきを矯正してやろうという態度に滲む。
「そう、そこ二重にして…うん、あんまりやりすぎると動かしづらいでしょ。
 そんで、ここで留め金使えば外れにくいのよ」
動く方の手でちょこちょこと指し示す度にニアの華やかな瞳がそれを追いかけて頷いた。
「はい」
真剣にヨーコの指導を聞きながら、差し出された腕へ慎重に包帯を巻いていく。息を呑むことすら躊躇わせるような生真面目さでニアの白い指は布地を操った。ただその動きはどこか珍妙で包帯にはたるみはおろか奇妙な結び目までできている。
器用不器用の前に慣れの問題だと判断してヨーコは優しくニアを見守った。彼女自身負ったケガも加薬調合のミスで起きた発火による火傷、という危険きわまりないが被害は少ないものだ。こうして内輪で片づけ、ニアの練習の役に立つならば丁度いい。
「…うん、いんじゃないかな」
ちょきん、と余り布を切って処置を終えたニアにヨーコは笑顔を向ける。道具を片づけていたニアが目に見えて頬を緩ませ、心底嬉しそうに本当ですかとはしゃいだ声を上げた。
「まだ上手くなる余地はあるし、忙しくなってきたら作業一つ一つを短く正確にやっていかなきゃいけないけど、今のところは及第点なんじゃない?
 あとは慣れよ、慣れ」
ぽんっとニアの頭に手を載せてもう一方で親指を立てる。ニアは嬉しそうに細い指を胸元で組んで見せた。それからはたと気づいたように、自分が担ぎ出してきた道具箱を抱き上げて席を立つ。
仕舞おうとしながらどこの棚だったかを迷い小首を傾げるニアを眺め、眼を細めたヨーコの隣にどっこらしょ、とわざわざ年を感じさせるかけ声でリーロンが腰を下ろした。その手には細身のマグカップが握られている。
まだしも器用に動く腕で受け取り、中身を煽ったヨーコにリーロンが柔らかく、しかし低い声を贈った。
「あの子はシモンじゃないわよ」
湯気を散らして濃いエスプレッソを味わう機械工はヨーコではなくニアの作業を見つめている。同じ場所を見つめていたヨーコは、聞き捨てならないとばかりに金眼をつり上げた。
「どういう意味?」
反発気味に問いかける言葉に、リーロンがエスプレッソを飲み込む音が返る。どこか気の抜ける音に苛立ちを増しながら、ヨーコは仕方なく棚の前で奮闘しているニアを眺めた。箱入り育ちのお姫様には難しいのか、機械は彼女の意図をなかなか汲んでくてれいない。
言われた所為かその姿は地上に上がってきたばかりでにっちもさっちも解らないでいたシモンを思わせた。
カップの水面に瞳を下ろしても、もうそこに映るのはニアではなくシモンだった。それも、今より少し前のシモンだ。珈琲の味に驚き、施設の設備に驚き、シチューが美味しいと言って控えめにお代わり望んだり、月が綺麗星が奇麗とはしゃいで無邪気な声を上げる姿は今や懐かしい。
押し黙るヨーコを横目に、リーロンは珈琲より苦い一言を落とした。
「戦う理由も相手もひとりひとり違うんだってこと。
 …気になってるんでしょ」
揺らめく湯気の向こうに何かが見えるような気がして、ヨーコは両手で抱え込んだカップを持ち上げる。その仕草の間にリーロンは別件に取りかかり始めていた。聴けば答えてくれるだろうが、今ヨーコが望むのは長い付き合いのロンがくれる言葉ではない。
ふ、と息で散らした湯気の膜の向こうで、赤い髪の少女が身の丈に余るライフルを担ぎ上げる所作が見えた気がした。あれは自分だとぼんやり思いながらヨーコは苦い飲み物を啜る。
ヨーコには戦う理由がある。ライフルを担ぐ原動力がある。
それは彼女が悔しかったからだ。リットナーの村が地下には居られなくなって地上に出てきてから何度も何度も獣人に襲われ、大人も子供も仲間も友達も沢山死んだ。自分は何も出来なかった。
それが嫌で仕方なくて、難色を示すダヤッカを拝み倒しリーロンに特注のライフルを作って貰ったのだった。それくらい、ヨーコにとって戦いは無くてはならない存在だ。生きる理由と言っても良い。
けれど畢竟戦いとは命のやりとりで、そこには相応の覚悟が無ければいけない筈だった。
そう、シモンにだって戦う理由が必要のはず。
なにせ彼女は村一番の穴掘り師だったという。そのまま村に残っても充分生活していけただろう。わざわざ地上に出てきて危ない眼に遭う理由なんてどこにもない。
そんな彼女が、一度だって地上に来たいと言ったのだろうか。
ヨーコは地下でのシモンの暮らしを詳しくは知らない。それでもダイグレンを手に入れた際の大怪我や、ラガンが動かなくなった後の苦しそうな姿を眼にしては、村に帰ってもいいのだとシモンを何度諭そうとしたか知れなかった。そしてそのたびカミナに水を差されて口論を重ねてきた。そうして騒がしくなるヨーコとカミナの言葉の隙間に、シモンは滑り出てその場から消えてしまうのが常だった。
待ってと引き留めようとする言葉はヨーコの胸の中で壁のように積み上がっている。海原を越えるよりも前にシモンは何か得心したかのようにその陰鬱を払ったが、それを眼にしてさえヨーコの中の痼りは消えてくれなかった。
ふ、と息を吐くだけで薄らいでいた湯気は溶ける。これぐらい簡単に全てが解決してくれればと夢想のようなことを少しだけ考えた。
しかし物憂げなコーヒーブレイクは慌ただしい物音に寸断される。音もなく開く筈の扉の動きすらもどかしげに使い込まれた作業用ブーツが診療室の床を叩いた。シモン、と声を合わせた二人の少女達に今は構う余裕の無い表情でシモンがつり上げた目を室内に巡らせる。
「ロンさん!」
見れば藍色の背には薄緑色の作業着を着た少女が背負われていた。顔色は悪く、四肢に力が入らないのか担がれるという有様になっている。その苦しみに同調して口元を押さえたニアと、何かを手伝うべく立ち上がったヨーコの合間を縫ってリーロンがシモンの傍らへ脚を向けた。
縋るような視線を眉間をつついて宥めた性別不肖の機械工はともかく診察台へ下ろすようにと促す。そんな基本すら忘れていたシモンが、鋲を打った靴底で荒々しくつるつるとした床の上を走った。
「グレンラガンの整備中だったんだけど、組んでた足場が狭くて落ちたんだ。
 高さはそんなでもなかった。でも頭を打ってるかもしれない」
先ほどまでのゆったりとした空気を打ち払い、ロシウの診察のため機材を取り出してきたリーロンにシモンが早口に教える。
「落ち方が悪くて脚を切ってるんだ、ほらここ」
医療が待ち遠しいと言いたげにシモンはロシウの腰周りを示した。ウエストを絞る布の下、股間周りに黒っぽい血がしみ出している。それに眉を寄せたリーロンへまだ言い足りないのかシモンはロシウを下ろしたことで開いた両腕をわたわたと動かした。何を伝えるべきか整理しようとしているのだろうその動きにリーロンはふっと表情から力を抜く。継いでその滑らかに動く指が後ろから赤いラインの入った両肩を抱いた。
「ふひゃぁあ!?」
急に触れられ気の抜けた妙な音を出す羽目になったシモンにウィンク一つをオマケして、あとはまた優秀な機械工の顔に戻る。力を抜かれ少しは落ち着いたシモンの左右にニアとヨーコが並んだ。いつの間にか顕れたブータもシモンの頭の上に乗ってぺちぺちとこめかみを叩く。
「脱がすから奥運ぶわよ」
女ばかりとはいえ気を遣ったらしいリーロンがストレッチャーを操作して検査用の部屋へロシウを運んだ。思わず追いかけようとしたシモンの手をニアが握って止める。
「大丈夫です!」
根拠があるのかないのか解らない、ただ天晴れな程確信した笑みにヨーコの肩から力が抜けた。ここまで付添人をリラックスさせられるのなら、確かに看護士としての資格は充分なのかも知れない。
「結果が出るまでは私らにはどうしようもないわね」
倣って苦笑しながらヨーコは椅子を引き出しシモンに進めた。少し迷うそぶりを見せたが藍色の髪の少女は大人しくそれに従う。
責任を感じているのかちらちらとロシウが消えた方向へ視線を流し、落ち着かない手が膝の上で何度も組み替えされた。おたついた動きに思わず吹き出しそうになったヨーコの一方で、ニアは落ち着かせるように手をシモンのそれに重ねる。
「…シモン、深呼吸してみたら?」
自分にもなにかしてやれないだろうかと提案したヨーコにシモンは素直に従って息を吸った。その温従さは地上に出てきた頃と全く変わらない。つい先日まで四方八方へドリルを向けていたような張りつめた空気はなりを潜めていた。
シモンが穏やかさをどうやって取り戻したのか、ただニアに感化されただけとも思いがたくてヨーコは金色の瞳を軽くすがめる。少なくともあの陰淵を覗いていた時を越えたシモンは、地上に出たばかりの頃とは何かが変わっているはずなのだ。
けれど行き場がないのかそれともシモンとは質の違う険しさを気遣ったのか、柔らかな毛並みがヨーコの腕に擦りついて物思いを中断させる。それにぱちりと瞬いたヨーコへブータがぶぅう、と優しく鳴いた。主にはニアがついている、ロシウにはリーロンがついている、だから自分はヨーコについていてあげるとでも言いたげな調子にヨーコは弱り切った顔で笑う。
そうしてシモンの中の何かをヨーコが見極めるより早く、リーロンが紙を挟んだ板を手に戻ってきた。ぱん、と板を弾いた整った顔の機械工が三人と一匹を見渡して笑顔を見せる。
「ほぉら、素人判断で暗い顔しないの!
 このビューティフルクィーンを信用してないってわけ?」
言ってのけ、自称に相応しい笑みを見せた美の女王は心配無用と頷いた。逸るシモンを重なったままのニアの手が鎮め、その間に落ち着いた声が説明を続ける。
「頭はね、心配要らないわ。咄嗟に腕で庇ってたみたい。
 それと階段を踏み外したのは多分成長痛…オスグット、というやつね。
 背が伸びようとするのが骨と筋肉の負担になって痛みと熱を持つの。
 それで普段と具合が変わって、段差に対応しきれなかったんでしょう」
立て板に水と連なる解説に、三人の少女は頷くばかりだ。が、流されきらなかったシモンがはたと気づき鋭い目つきをリーロンへ向ける。
「血は」
押しつぶされ、だのに勢い込む声音へリーロンは彼女にしては僅かに言い淀んだ。その場の少女達を見渡してから紅で飾られた唇がようやっと教える。
「初潮よ」
それってなんですか?といういつもの口癖をニアは口にしなかった。代わりにごく真剣な顔で頷き、それから顔を綻ばせる。
「まあ!」
胸元で手を打ち鳴らし、めでたいことと笑んだ花散る瞳と対照的に、一瞬の嫌悪がシモンの顔に走ったのをヨーコは見逃さなかった。意図をくみ取りきれず、さりとて尋ねることも出来ずにヨーコは胸の澱をまた一つ増やす。
「どっちも身体が大人になっていってる証拠ってこと。
 病気じゃないから心配要らないわ。…ロシウにはしばらく我慢してもらわなくちゃいけないけどね」
リーロンはシモンの逡巡もヨーコの懊悩も敢えて無視して明るく言った。怪しげな表情を浮かべることも多い貌が信頼を呼ぶ大人のそれになる。
「ここまでの疲労も溜まってたんでしょ。
 一度ゆっくり休んだ方がいいわね」
それで万事難無し、と太鼓判を押すリーロンにやっとシモンが力を抜いた。椅子から滑り落ちそうな程にぐんにゃりとした姿に周りの三人が思わず笑みを浮かべる。
が、それは唐突に鳴り響いた轟音と大きな揺れによって断ち切られた。
椅子から尻が跳ね上がるほどの衝撃にシモンが直前までの脱力とはうってかわった低い声で唸る。
「炸裂…砲撃かな、…甲板だ」
ここまで届いたのは音と振動。だがそれだけでシモンは充分に信用に足る判断をはじき出していた。こと大地と揺れに関して彼女の右に出る者は居ない。壁に立てかけていたライフルを担ぎ上げたヨーコに作業用ブーツの足が続いた。



二人が肩を並べて格納庫に着いた時、既にそこにはガンメン乗り達が集まっていた。だが目の前の甲板へ爆弾を雨あられと投げつけられては出撃もままならない。
ビャコウ、キングキタンにツインボークン、あとはつむじ風の二人が甲板で暴れていたが、爆風に煽られステップを踏んでいるという方が正しかった。唯一ビャコウだけが躍るように刀を閃かせ落ちてくる爆弾を薙ぎ払い、切り落とす。だがそれだけでは防ぎきれずそこかしこで爆発が起こっていた。いかなカスタムガンメンといえどダイガンを狙うような弾と相対すれば無傷ではいられない。
視線を流しただけで状況を掴んだヨーコは大股に通信機へと近づいて艦橋へ怒鳴りつけた。横目で睨んだ艦橋からの情報を読み込む画面にマーカーが点滅し、空中に敵がいることを教えている。
「ダヤッカ!このまんまじゃただの的よ!
 落ちてくるのを横から撃って、着弾点だけでもずらさなきゃ!」
とはいえ艦橋でも手をこまねいてばかりいた訳ではないのだろう、自艦を攻められる焦りと憤りに彩られた声音が応じた。
「それが奴ら砲台の穴を抜けてきていて…」
ヨーコは踵を打ち鳴らしてボロボロにされていく甲板を睨み付ける。
「じゃあダヤッカイザーを出すわよ!」
ダイグレンに備え付けられた砲台ではなく、長距離狙撃を可能とするガンメンなら位置を気にすることもないはずだ。判断してすぐ足を向けようとしたヨーコを遮ってその隣をシモンが駆ける。
「いや、グレンラガンを出す!」
その横顔は何かを確信していた。一体どんなことを思いついたのか、迷わず駆ける足を吊られてヨーコも追う。グレンラガンの頭部へ身体を滑り込ませるシモンに続いて黒いグローブを填めた手が機械の腹を叩いた。
「私が乗るわ!」
上へ向かって叫んだ声へ、意外とでも言うように返事が遅れる。一度閉じたハッチを開いて覗かせたシモンの表情は困惑を映していた。それを眼にした金瞳は更に瞳孔の決意を硬く据える。
支えてやらなければいけない、と思った。
その細く小さな肩に必要以上の何かを背負ったシモンを誰かが支えてやらなければいけない、独りになどしてはいけない、と。
「大丈夫、私だってガンメンの訓練してるんだから!
 ロシウほどとは言わないけど、ちゃんとサポートしてみせるから!」
だからヨーコは惑って何かを言おうとした唇を大音声で遮った。怯んだようにシモンは気弱に双眸を縮める。そしてだめ押しに、医務室からこっちヨーコにくっついたままだったブータが赤毛の少女の肩を持つように鳴いてみせた。
二人分の主張に観念したのかグレンラガンの腹が開く。
「…ありがとう」
小さな獣の後押しに礼を述べながらヨーコはライフルと共にグレンラガンへ足を踏み込んだ。厳しい表情でコクピットを見渡した彼女は、よく知る男よりも幾分控えめに座席へ腰を下ろす。自分には出来ると根拠を探らずに言い聞かせて背後へライフルを立てかけた。深く息を吸い込み、吐き出す間に周囲のパネルが搭乗者の情報を書き換えていく。黄金色の双眸が前を向いたとき、そこにあったのはスクリーン一杯に映し出された外の光景だった。
「グレンラガン、スピンオン!」
スピーカーを通しているとは思えない程クリアにシモンの声が響く。グレンラガンが足を踏み出す衝撃に身体を慣らしながらヨーコは乾いた唇を舐めた。
「了解!」
答えたのと同時にグレンラガンが甲板へと躍り出る。
天井を失った視界に始めて見る形のガンメンが幾つも悠々と泳ぐ空、そしてその向こう側に浮かぶダイガンが映り込んだ。ボタボタと小型の爆弾を垂れ流してくる飛ぶガンメンが鬱陶しい。
「まずはあれをなんとかしなきゃ…!」
狙撃手らしく指摘する忌々しげな言葉は、だが頭上からの声に裏切られた。
「いや、いける!」
戦い慣れた者だけが使える力強い口調で言い切り、シモンは操縦桿を巧みに操る。仲間達が目を瞠る中、グレンラガンは掌から細く長い錐体を生み出していた。鞭のようにしならせたそれが空飛ぶガンメンを一体捕らえる。落ちてくる爆弾への対処療法にてんてこ舞いになっていた仲間とは違い、敵を甲板へと引き摺り下ろしたグレンラガンは敵を突き刺したままドリルを仕舞い込んだ。
ヨーコは自分のすぐ隣の画面に緑の光を放つ表示が生まれていることに気づき、やっとシモンの意図を理解する。そう、ダイグレンを奪った時と同じだ。飛べる機能をグレンラガンに取り込んでしまおうというのだろう。
「なるほどなァ!」
至極楽しそうなカミナの通信が入り、庇って刀がグレンラガンに直撃しようとする邪魔を切り伏せた。
「一丁やってこい、兄弟!」
うん、兄貴…応答を耳にしながら、ヨーコはカミナが自分の名を挙げなかったことに存外傷ついている己を知って苦笑する。そんな場合ではないし、そもそもカミナはヨーコがここにいることを判っているかも定かではなかった。それに、目の前にはうようよと空戦用ガンメンが立ち並んでいる。
「やるよ、ヨーコ」
こちらは同乗者を決して忘れずにシモンがグレンラガンの右手にドリルを生み出した。声に淀みはなく、煌めく切っ先が何重にも陰を作るガンメン達を串刺し、或いは断ち切る。その迷いの無さに舌を巻きながらヨーコは慌ただしく切り替わるスクリーンの表示を追いかけた。正直これがなんの役に立っているのか疑問を覚えつつもそれを無視する。少なくとも、シモンとグレンラガンはすこぶる快調だった。少し離れた回線を通して、甲板で暴れている仲間達から歓声が届く。
だが快進撃を続けるグレンラガンの前に白い影が立ち塞がった。見覚えのある機体にヨーコは息を呑み、搭乗者の名を呼びながらシモンが立ち位置を少し下げる。
「ヴィラル!」
いきなり切り伏せられることを警戒した動きに、ラッガーを抜き払ったエンキドゥのコクピットで獣人が獰猛に笑った。
「よくも暴れてくれたものよ」
低く、落ち着いてさえ聞こえる賞賛の通り空は随分と見晴らしが良くなっている。グレンラガンの活躍ぶりは明らかだった。しかしそれを足止めに来たのだろうエンキドゥは湾曲した刃を煌めかせながら叫ぶ。
「だが此処からは…!」
語尾を上空の風に溶かし込みながらエンキドゥが斬りかかってきた。それをどうにかドリルの曲面で逸らし、空中での姿勢制御にまだ不慣れなグレンラガンは斜め下へと身体を逃がす。
「…貴様と相見えるため、頭を下げた屈辱…
 …なにより、我が将の仇!! …全て晴らさせて貰う!!」
ヴィラルの叫びを聞きながら、その怒りや悲しみやなにもかもがごたまぜになった感情に引き摺られるような感覚をヨーコは覚えた。それが何故なのかは解らない。
だがそれに戸惑う暇もなく、慣れない空中戦でグレンラガンは劣勢に追い込まれていった。雑魚ならばいざ知らず、相手は部隊長まで務めた歴戦の獣人。グレンラガンが空の何に慣れないのかを理解し的確に刃を打ち込んできた。避けられたのはシモンの天才的な操縦能力に依っている。
このままではどうにもならない、と気づいた瞬間ヨーコは自分がここに居る意味を見いだしていた。背後に供えたライフルを掴み片手でグレンの操縦桿を操作する。
負けてはいられない、という焦りが彼女にはあったのかもしれない。いったい何に負けてはいけないのかヨーコ自身解っていなかったし、あるいは理解していたとしても自分も役に立たねばならないという気負いとして誤解していた。
とにかく、ヨーコは咄嗟にコクピットの壁を開いて赤い髪を躍らせる。愛用のライフルを構えるまでの動作にブレも迷いもなかった。スコープ越しにむき出しのエンキドゥのコクピットを覗く。
「ヨーコ!?」
ラガンに出た表示からヨーコの危険な作戦に気づいたシモンが悲鳴じみた制止を投げた。
だが遅い。
上空で風に煽られ、それでも腕利きのスナイパーは銃弾を放っていた。残念ながら電導の砲撃は僅かに狙いを過ちエンキドゥのコクピットの脇を掠める。舌打ちしたヨーコはしかしそのズレから正確な狙いを導き、第二弾を放とうとした。
が、突然の銃声に驚愕し、そして頭に血を上らせたヴィラルの方がヨーコよりもシモンよりも速い。エンキドゥの腕が一閃し、そして庇おうとしたドリルは一瞬遅れた。ライフルを構え身を乗り出していたヨーコのはためく髪の傍が激しく殴打される。
凄腕のスナイパーと同道していたブタモグラはそれに足場を踏み外した。重力に従い、だというのにまるでその束縛から解き放たれたような奇妙な感覚に襲われる。その異様な、普通なら決して味あわないはずの状況にさしものヨーコも意識を手放した。



たゆたう意識の中で何度も自分を呼ぶ声を耳にした。それは頼りなく、力強く、気弱で、勇ましい。次々に印象の移り変わるその声音にヨーコは瞼を閉じたまま息を吐いた。眼裏に思い出したくもない光景が映りこむ。
それはあの雨の日、ラガンの中で血にまみれ半死人となったシモンの姿だった。誰もがその死を信じてしまった中で、ただ一人カミナだけが叫び抱き上げ必ず助けると喚く。応えたリーロンと泣きそうな顔で手伝おうとするロシウ、シモンを捧げ持ったカミナの背を見送りながら、ヨーコは大泣きしているギミーとダリーの双子を抱きしめていた。
何故今こんなことを思い出すのか、走馬燈にしては一つの場面だけしか出てこない。ぼんやり疑問に思うと同時に体中に走る痛みを認識していた。痛覚を理解する前にあの時のシモンの傷を思い出したのだと知り苦笑が漏れる。
「ヨーコ!」
その反応に、強くシモンが名を叫んだ。ようやっと応じて開いた瞳はまだ衝撃でぼやけているが覗き込む少女の顔くらいは解る。
「…なんて…かお、してんの…」
悲痛に染まったシモンの頬を撫でようとして、腕が持ち上がらなかった。動かないでと鋭く指示する藍色の髪の少女に、あんたの時はこんなもんじゃなかったわよとヨーコは胸の内で呟く。自分の身体に視線を巡らせれば手足は無事についていたし派手な出血もなかった。骨は幾つかやられてしまったかもしれないが、あの状況からこれならばむしろ僥倖だろう。
「…ここ、は…?」
それでもまだヨーコの傷に心を痛めるシモンの意識を逸らすため、わざと問いかけた。灰色の瞳が僅かに顰められる。
「ヨーコをグレンラガンで受け止めて…そのまま敵のダイガンの下の方に突っ込んだんだ。
 良くは解らないけど…似たような装置が沢山ある。一番似てるのは、たぶん、ダイグレンの動力室」
憶測を交えた説明にヨーコはどうにか頷いた。痛む身体に難渋しながらも口端を上げて彼女は笑う。
「…ラッキー、じゃない」
もしここが敵の母艦の動力室だというのなら、ここを潰せばダイガンは墜落するはずだ。そうなれば敵の有利は失われ、それどころか移動能力を失い大グレン団は一気に形勢逆転できる。
「うん。…でも」
壁にヨーコの背をもたせかけ、シモンが前を睨んだ。釣られ同じ方向を見つめたヨーコは喉を鳴らす。
「そう上手くは、やらせてくれないみたいだ」
ずしん、と重い音を立てて近づくガンメンはエンキドゥ。憎い仇とグレンラガンを追ってきたのは明白だった。ライフルを、と腕を伸ばそうとしてヨーコは痛覚に襲われ顔を歪める。状況は最悪だ。仲間を介抱するためシモンはグレンラガンを降りてしまっていて、せめて搭乗する時間を稼ごうにもヨーコの身体は言うことを効かない。どうすればと焦りばかりが頭を巡った。嫌な展開ばかりが思いつく。
しかし、迫ったエンキドゥはその全ての想像を裏切った。
コクピットに仁王立ちしたヴィラルが片方だけの瞳でシモンとヨーコを見下ろし、牙をギリリと鳴らす。
「…カミナはどうした」
苛立ちを示すように握っていた刃が戦艦の床へ叩きつけられた。衝撃にびりびりと肌を揺らされながらヨーコは嗚呼、とやけに素直に納得する。
ダイグレンがダイガンザンだった頃、その主だったチミルフを倒したのはカミナだ。そしてその乗機を奪ったのもカミナ。部下たるヴィラルには耐え難きを耐えている様態なのだ。
位置を変え、自分たちへ真っ直ぐに向けられた刃さえ子どもの駄々のように見えてヨーコは笑みを零す。その隣で、シモンはそっと仲間の身体から指を放して立ち上がった。
「お前程度、俺一人で充分だ」
大胆不敵な物言いは、柔らかさを削ぎきってヨーコの耳すら疑わせる。見上げた金色の瞳が捉えたシモンの顔つきはまるきり戦士のそれだった。それと知らなければ少女であることも知らせないほどの厳しさと勇ましさを載せ、獣人の武人と対等に視線を絡ませあう。
「…良いだろう」
幼い身体ながらも放つ気迫に意気を認めヴィラルが一つ頷いた。
「お前を先に討つもまた一興…俺の兜、返して貰おうか!」
吠えた獣はシモンがグレンラガンに乗り込むのを認めてやっとぎらつく刃を閃かせる。足場さえあれば無様は晒さず、シモンも一撃を真っ向から受けて立った。隅に立てかけられたヨーコなど最早一対一の争いの眼中にはない。
激しい争いを目の当たりにしながら、ヨーコはぼんやりと自分の矛盾に焦点を当て始めていた。
何故シモンを独りにしてはいけないなどと思ったのだろう。誰だって、グレンラガン以外のガンメンは殆ど一人で動かしている。例外と言えばジョーガンバリンボー双子のツインボークンぐらいのものだ。
なのにシモンだけは、あの少女だけは一人にしてはいけないと勝手に決めつけていた。
ダイガンザンとの戦いの後消沈していた姿を見ていたから、それもある。
あの時ヨーコは、もうそのままシモンは戦うことを辞めたっていいのだと思っていた。この少女はダイグレンを奪うためにああまで傷つき、命を落としかけたのだから。
しかしシモンは少女の身体に一生残る大きな傷跡を残され、ラガンを動かせなくなりながらもそこから這い上がってみせた。彼女を後押ししたものがなんなのか、掴めているようで掴めずにヨーコは頭痛を覚える。
「ぶぅ」
太ももの辺りに寄り添ってくれていたブータが心配そうにヨーコを見上げて一声掛けた。激しく争い周囲の施設を破壊しながらもヨーコとブータにだけは危害を加えさせまいと庇いつつ戦うグレンラガンを見つめ、ヨーコはため息を吐く。それは傷の所為ではなかった。
蜜色の眼が傷に細めながら黒い翼を生やした赤いガンメンの背中を見つめる。
貴女はなにを見つけたの?
この戦場で。
カミナの手を拒絶し、仲間との折り合いも悪く、ラガンすら動かない絶望の雨の中で。
ニア?ロシウ?…それとも、別のなにか?
それは私が考えても解らないものなのかしら。
それとも、私はそれをわざと解らないふりでいるのかしら。
ねえシモン、私はきっと恐れている。
あなたが、私を、どう思っているのかを。
無理にでもついてきた理由、あの時ライフルを構えた原因がヨーコの胸を衝いた。それは身体の疵と同期して彼女を痛めつけ視界をぼやけさせる。一瞬脳裏に広い広い空、始めてシモンと、自分と、ブータと、そして彼と、共に見た空が映った。
床が揺れ危うく身が投げ出されそうになってヨーコはライフルを支えに顔を歪める。物思いの余裕は消え去っていた。
グレンラガンとエンキドゥの戦いは容赦なくダイガンテンを傷つける。お互いしか見えていないような争いぶりに、周囲へ取り付けられていた球形の機材が幾つか煙を噴いた。それが何個目だったのか、突然がくりと身体を放り出されてヨーコは泡を食う。先ほど空中に放り出された時ほどではないが無重力感があった。
「もしかして…」
動力室で暴れ回られ、この戦艦は墜落しようとしているのではないか。容易に想像のつく道理にヨーコの頬が引きつる。だが次の瞬間、彼女はそれどころではなくなっていた。
そこかしこから上がる蒸気を塗って三本の槍がヨーコの首の両脇と足の間を穿つ。何事かと目を向くヨーコの隣でブータが勇ましく毛を逆立て、そして槍によって左右に分かれさせられたグレンラガンとエンキドゥが同じ方向を向いた。
「なにをしている、ヴィラル!」
一喝する声と共に蒸気が僅かに晴れ、槍と思われたものが長く伸びたガンメンの爪であったことを金色の瞳が捉える。自由を奪われた少女の名を短くシモンが呼んだ。その悲痛さに大丈夫だと言ってやりたくてもそうも出来ない。
またも最悪となった状況下、だがまず新たに現れたガンメンの主が行ったのはヴィラルへの叱責だった。
「拾ってやった恩を忘れたか!」
言い種はガンメンの主人がそれなりの地位にあることを勘取らせる。よく見ればガンメンもカスタムで、通例を考えれば彼こそがこの戦艦自体の主人と言うことだった。それがわざわざ顔を見せに来たというのなら、危機ではあるもののチャンスでもある。
もし自分が捕らえられてさえいなければ。
悔しげに顔を歪めたヨーコはグレンラガンを見つめた。シモンは優しい。人質を取られてしまえば無理矢理に戦おうとすることは出来ない性格だ。どうすれば彼女を自由に戦わせてやれるのか、その方法に考えを巡らせ自決すらヨーコは考える。
しかし。
彼女の思いつきは、再び全て裏切られた。
とんでもない轟音と共にカスタムガンメンが背にしていた壁が崩れる。何が起こったのか俄に解らずに居る間に威勢の良い声が飛び込んだ。
「よくやったシモン!」
機嫌良く称えるのはカミナ、現れたのはビャコウ。思わぬ標的にヴィラルが雄叫びを上げるがそれより重要なのは衝撃でヨーコへの拘束が外れたという事実だ。グレンラガンは好機を見逃さずに駆け、急いで腹を開き繊細な手つきで怪我人とブータを中に運び込む。
「貴様…ッ」
闖入者に戦艦の主が声を震わせた。が、相手の怒りなど意にも介さないカミナは楽しげに伝える。
「デカブツが下がってきやがったからな!
 ダイグレンに俺様を投げさせたって寸法よ」
なるほど。納得しているシモンとヨーコはカミナのペースに慣れきっていたが、獣人たちは違った。
「貴様…カミナ!!
 よくもチミルフ様の…」
怒りの余り声を震わせたヴィラルが斬りかかろうとするのをグレンラガンのドリルが弾く。背中合わせに構えた白と赤の機体はやけに収まりがよく思え、ヨーコはくすりと笑みを漏らした。危険のただ中にいるというのにまるで喧噪が関わりのないもののように感じられる。
「…かなわないなぁ…」
ぽつり、呟いた言葉に寄り添っていたブータが顔を上げた。怪我だけでなく前屈みになったヨーコの肩に遠慮がちに上ったブタモグラは赤い睫毛の目尻を舐める。
少女の感傷を知らず、高笑いでも死そうな勢いでカミナが一席打った。
「はン、おいトンガリ大将!
 ぶっ飛んで来んのが俺だけだとでも思ってやがんのかい?」
言葉が予想の範囲外に過ぎたのか戦艦の主の口から間抜けな声が漏れる。
「は?」
そしてそれと同時に、グレンラガンとビャコウの通信機に威勢の良い叫び声が届いた。
「ヨーソ、ロォオオオオ!」
普段無口なガバルの声と同時に、あまりにも巨大すぎてそうと認識できない刃がめり込んでくる。子どものように楽しげな調子でビャコウはグレンラガンの腕を掴み、自分が飛び込んできた穴からあっという間に退散する。
「シモン、頼むぜ!」
信頼しきった台詞に返事もなくシモンは奪ったばかりの翼を展開した。その合間にも、せり出した包丁状の甲板でダイガンテンを貫いたダイグレンが勢いもそのままに蹴りを食らわせて敵をめった打ちにする。最早飛んでいるのがやっと、という状態になった敵艦はダイグレンが着地するよりも速くふらふらと撤退を始めていた。
「…流石、大グレン団」
ビャコウと共に地面に降り立ち、コクピットのシャッターを開けて見上げながらシモンは誇らしそうに呟く。それを聞きながらそうねと心の中で同意してヨーコは今度は安心して気を失った。ヨーコが怪我をしたと聴いて今更騒ぎ出すカミナの声を遠くに聞きながら。

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