ここのシリーズのシモンがやさぐれている理由の一つを説明しとこうと思って。普通に人見知りでもありますがこういうことです。
…R18シリーズなのにいけしゃあしゃあとR18でないものを置くってのもどうなんだ。
ドアの隣の壁に背中を預けて座り込み、ぬいぐるみと一緒に窓の外を眺めながらダリーはもっとアメがつづけばいいな、と考えていた。アダイからずっと一緒のウサギも頷くように首を折る。隣に座るギミーがこっくりしたのはというと暇に飽きて眠気に襲われたからだった。
不意にかしゅりと軽い音を立てて扉が開きギミーがびっくりしてきょろきょろする。部屋の中から出てきたシモンは、二人を見下ろして苦笑した。
「…こら。こんなところで寝るなよ」
お前まで風邪引くぞと言いながらシモンの細い指がギミーの頭を撫で、それからダリーの髪を梳く。低い体温は心地が良くてもっと撫でて貰いたかったけれどすぐにシモンの手は離れてしまった。桃色の髪を自分で撫でてもあまり気持ち良くはない。
シモンが出てきたのはロシウの部屋だ。昨日の夜から調子の悪そうだったダリー達の兄代わりは夜半から高熱を出して寝込んでいる。働き過ぎで風邪を引いたのじゃないか、というのがヨーコの意見だった。確かに、ここのところロシウはずっとリーロンの手伝いばかりしていたから、きっと間違いじゃないだろう。
本当はダリーもギミーもロシウの看病をしたかったのだけど、風邪が移ると逆に心配されるとシモンに諭されて部屋から出た。それでも遠くに離れてしまうのは嫌でこうして少し寒い廊下でも我慢していたのだけど、気づかれてしまえばそうもいかない。シモンはそれぞれ片手をギミーとダリーと握りあい二人を扉から引き剥がした。名残を惜しんで振り返るだけで双子は逆らわない。カミナにでもされたのならば文句を言うところだが、シモンは朝に二人とロシウの世話をきちんと見ると約束してくれた。その約束通り、今の今まで部屋から出てくることもなかったのだから信頼していいだろう。
「遊んでくればいいのに」
言いながらシモンが二人を連れて行ったのは彼女の部屋だった。いつもは鍵を掛けている室内を好きに使って良いと言ってくれる。ここに来る前はラガンにだって毎日乗せてくれたシモンらしい言葉だった。
部屋の中は狭くてがらんどうで何もない。ただ備え付けられているベッドの上にブータが寝ていて、シモンとギミーとダリーに挨拶をした。ギミーが嬉しそうにブータの毛を撫でる。その姿に笑ったシモンが膝を折ってダリーの顔を覗き込んだ。
「二人とも、飯は?」
「あさ、ヨーコにたべさせてもらったよ」
答えながらダリーはお腹を押える。そういえば、お昼を食べていない。
「解った。じゃあ後で持ってくるから少し待ってて」
まだお腹が鳴る程ではなかった。素直に頷きながら、ダリーはシモンが自分とロシウのためにご飯を取りに出たのだと気づく。
「…ロシウ、くるしそう?」
うんうん唸るロシウの姿を思い出して悲しくなったダリーの頭をシモンがまた撫でてくれた。
「熱は高いけど寝てれば治るさ。風邪は熱が出てる方がすぐ治るから」
だから大丈夫。シモンはダリーが好きな優しい笑顔で言い添える。この艦に乗るようになってから眼の下に出来た黒い影だけは嫌だったけど、その笑顔が久々で嬉しくなった。
「じゃあ、飯持ってくるから」
ダリーと、それからやりとりを聴いていなかったギミーに言ってシモンは部屋から出て行く。ブータに頼むと言ったのは二人の相手なのだろう。
勝手に閉まる扉越しにしばらくシモンを見送って、ダリーもギミーと同じようにベッドに座った。あんなに入れて貰えなかった部屋なのに、別に何かを隠しているようでもない。
やっぱり、あめがもっとふってたらいいな。
ダリーはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
雨が降り出して、移動を取りやめてからシモンは少し身体の調子が良いらしい。ロシウは風邪を引いてしまったけれど、ダリーは雨が好きになった。
ロシウはシモンが不機嫌になっているのは大グレン団が大所帯になってからだと思っているけれど、それは違う。だって、この艦を手に入れるまでシモンは変にならなかった。ダイグレンの廊下を歩くシモンの背中は変に折れ曲がって無理矢理足下を見ているような調子になっている。顔色の悪さも食事を摂らないのも艦に乗ってからだ。
…きょうのシモンなら、なんでなのかおしえてくれるかな。
ベッドの端でぶらぶらと足を揺らしながら考えたダリーの膝の上にブータが跳び乗る。それを追いかけてきたギミーにまで飛びつかれてダリーは物思いを断ち切られた。
それからしばらくは二人と一匹でどたばたと遊んでいたのだけれど、ギミーもダリーもブータまでもいつの間にか眠ってしまっていた。雨の音は子守歌に近い。
二人を揺り起こしたシモンが遅れてごめんなと言いながらベッドの上に食事を広げてくれた。おふとんのうえでたべていいの、と訊いたダリーに今日はロシウもベッドで食ったよとシモンが笑う。いつもなら行儀が悪いと絶対に許して貰えないだろう行為に双子の瞳が輝いた。
あまり食べるのが上手でない双子がこぼす食事をブータが片端から舐め取る。汚れた口許はシモンがナプキンで拭いてくれた。優しくされて喜ぶギミーが羨ましくてダリーはわざと口の端っこを舐めずに放っておく。
「汚れてるぞ」
シモンは指で野菜の欠片を摘みとって自分の口に放り込んだ。
いまならきいちゃってもいいかな。
ごくり、と口の中のご飯を飲み込んでダリーは上目遣いでシモンをみつめる。視線に気づいたシモンがどうした、と訊いてくれた。
「…あのね、シモン…」
ずうっと気になっていたことなのにいざ口に出そうとすると少し難しい。でもダリーがあまり喋るのが得意でないことを知っているシモンは急かさない。待ってくれることを知って落ち着けたダリーは、息を吸い込んでそれを言葉にした。
「…あのね、シモンは、なにがイヤなの?」
質問にシモンはまず眼を丸くして、それから何度か瞬きをして、それから眉間に皺を寄せる。怒られるだろうかと身を固くしたダリーはまた頭を撫でられたのに少し驚く。シモンは暫くダリーを撫で続けて、それからゆっくり答えた。
「…ここは、ずっと、揺れてるんだ」
「ゆれてる?」
溜息みたいな言葉にダリーは首を傾げる。そんなの全然感じたことがなかった。さっきのシモンのように眼を丸くしたダリーを見て灰色の眼が疲れたように笑う。
「きっと、俺以外には解らないんだろうな。
でもここの床は…偽物の地面は、ずーっと揺れてるんだ。ダイグレンが歩くのに併せてね」
教えて貰っても、ダリーにはやっぱり揺れているかどうかを思い出せなかった。でもシモンが言うのなら本当だろう。シモンは穴を掘るのが上手で、地面の様子を探るのがすごく上手なのだとカミナも誉めていた。
「…ゆれてるの、キライ?」
確かめたダリーにシモンは深く頷く。悲しみを耐えるようにシモンが苦しい顔を見せてダリーまで小さな胸を握られたように苦しくなった。
「俺の、父さんと母さんはね。地震で死んだんだ。揺れて、天井が崩れて、二人とも潰されてしまった」
静かな声で語るシモンにダリーは息を呑む。きっと思い出したくないこと、話したくないことを教えてくれているのだと解ってごめんなさいと言いそうになった。ギミーもいつの間にかスプーンから手を離している。ブータが、シモンの膝に乗ってぶぅと一鳴きした。
答えるようにしてシモンが上に向けて腕を伸ばす。ひらひらと手をふられて双子もつられて手を天井へ伸ばした。それを見ながらシモンは呟く声で言う。
「…ここの天井、手で触れないだろう?」
この高さだと、落ちてきたら人は潰れてしまうんだよ。決して冷たい声ではないのにぞっとして、ダリーの顔が青ざめる。ギミーも怯えて鳴きそうな顔になった。腕を降ろしたシモンは二人を抱寄せてここの天井は落ちないから大丈夫だと宥める。
「本当に、大丈夫。この艦は頑丈で、ガンメンに殴られたって殆ど壊れないんだから。
…でも、揺れてるといつも思い出すんだ。昔のこと」
庇うように抱きしめながら、その実小さな子供の体温に縋るようにしてシモンは囁く。艦が壊れないと知ってることと、揺れが怖いのは別のことなんだ。言いながら思いだしてしまったのか、つぐんだ唇はかすかに青くなっていた。少しでも温めてあげられるように慌ててダリーはシモンを抱き返す。なにがなんだか解っていないギミーも真似して抱きついた。
「…ごめんな。心配させたんだな」
苦しそうで悲しそうなそんな声は震えていて、ダリーはごめんなさいと謝っていた。きいたりしなければよかった、そうしたらシモンはイヤなことをいわずにすんだのに。
ごめんなさい。もう一度言ったダリーをギミーと一緒にぎゅうっと抱きしめ、シモンが言った。
「ごめん」
二人を怖がらせたいわけじゃなかったんだ。心配させたくもなかったんだ。きっとそのうち慣れるからと言いながら笑った顔が無理しているのが解ってしまって、ダリーはますます悲しくなる。
わたしがオトナだったら、シモンをだっこしてだいじょうぶだよっていってあげるのに。
子供の自分が悔しくて、ダリーは小さな手でシモンのジャケットを握りながら少し泣いた。
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