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飯は喰いたし、眠気は強し。 そんな感じののらくら雑記帳。
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Posted by - 2024.04.20,Sat
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Posted by 中の人:狐或いは右端 - 2000.11.05,Sun

管理人が初めて書いたグレン文章を再録。
展開のまとめ方に無茶があるけど敢えて直さず晒してみるテスト。


声は洞穴の中でやけに朗々と響いた。
「おぅおぅおゥ、手前ぇら何してんだ?
 楽しそうにニヤニヤしやがってよ、俺様も混ぜてくれや」
外から射し込む光を遮るように入口の前に陣取った少年か青年か微妙な年頃の男が洞中をねめつける。
穴蔵でまるで一塊のように影を重ねていた少年達が呆気にとられた様子で彼を振り返った。視線を集める動作まで似通って、まるで個性がない。
返事が戻らないことに舌打ちしながら一歩を踏み出すと、気圧されたのか集団がばらけた。
人間で出来た壁が崩れたお陰でその奥に押し込められていたもう一人が視界に入る。
「カミナ」
場違いな少年を最初に呼んだのはその最後の一人だった。
周りを囲む者達やカミナよりもぐっと小さく、まだ性別が表にはっきり出ないくらい幼い。
「よぉシモン」
頼りなげなどんぐり眼に見上げられ、眇めていたカミナの目が幾分緩んだ。しかし纏った空気は凄味を増して、少年達は身を竦ませる。
「お前さんが裸なのは最近の流行りか?」
カミナの指摘通りシモンはほぼ全裸だった。埃臭い服を着た者達や土の壁に囲まれる中、白い肌が妙に浮いている。引き摺りおろされたズボンが引っかかった足首は靴を履いていたが、腹に巻かれるはずのさらしと肩にかける布は離れた場所に落ちていた。辛うじて褌が最後の砦になっている。
「ち、違うよ」
話を振られたシモンは一瞬息を呑み、それから大慌てで頭を左右した。
「じゃあ、趣味か。変わってんな」
「全然違うよ!」
軽口を叩きながら距離を詰める。そのカミナから同年の男達が身を引こうとしたが、それより赤い瞳がもう一度鋭さを取り戻す方が速かった。
「流行りじゃねえ、趣味じゃぁもっとねぇ。
 ならなんだ?
 おい、言ってみろよ」
口調ばかりはおどけていたが、刺青に飾られた腕が動く速度に冗談は無い。煤けた色の胸ぐらを掴み捕えた少年の額にカミナの問いと頭突きがかまされた。
「言えねェようなことってかァ!?」
怒鳴り、握っていた布を離す。額を抑えて蹲った相手には目もくれず、雪駄の足を踏み込んでカミナは手近の一人の頬を殴った。既に狼狽えていたらしく面白いように拳が極まる。
「ちょ、調子に乗んな!」
二人倒されてやっと呆けが抜けたのか、どうやら首謀者格の少年が声を上げた。側に立たされているシモンが声に怯えて肩を竦ませる。
人数揃えてやることが、年下一人の囲い込みとはバカな話だ。不快感に後押しされて、低く構えたカミナは殴りかかってきた奴の腹を蹴り飛ばす。
「肩ァ並べてチビ一人、囲んで苛めて楽しいのかよ!
 そんなにイイ夢見たけりゃぁ」
向かってくる面子は動きがてんでばらばらだった。おまけにお互いの攻撃を怖がって腰が引けている。挙げ句カミナがしゃがんで避けた拳にぶつかってよろめいた奴に足払いすると、転倒に一人巻込まれた。人数で勝っていたはず連中が呆気なく片づけられていく。
せめて面と向かってくる姿勢でも見せればいいものを、仲間がまるで相手になっていない様を見せつけられた少年は隣の子供を引き寄せた。
盾にでもするつもりだったのか、だが結局それも火に油を注いだだけで終わる。
「俺がイイ夢見させてやるよ!」
言葉と共に振り抜かれた拳が正しく顎を捕えた。
体勢をぐらつかせた少年は後頭部を壁に強打して、どうやら意識を手放したらしい。
頭目をあっさりと倒されて裏返った悲鳴が幾つか上がった。睨み付けて黙らせる。
鼻を鳴らしてカミナがシモンに向き直ると、背後で足音が上がった。動けた者が逃げ出していくのを背中で感じ取りながらカミナはもう一回鼻息を荒くする。
徒党を組むのと仲間になるのは別物だ。たむろすることで力を得ようとするのは烏合の衆だ、男らしさも心意気もありゃしない。置いて行かれた首謀者に同情する気もおきなかった。
「ほれ」
落ちていた布を拾い上げてシモンに突きつける。
「へ、ぁ」
半ば呆けていた幼子は気の抜けた声を上げてカミナを見上げた。解放されたはいいものの、状況がよく掴めていないらしい。
仕方なく頭から布を被せ、屈んでズボンを引き上げてやり、腰のベルトを戻してやったところでやっとシモンはまともな言葉を口にした。
「い、いいよ、自分で直せる」
「そうか」
あと直すところと言えば腹にさらしを巻くぐらいだが、敢えて指摘はせずにカミナは細い布きれも拾ってやる。
もたつく小さな手が満足に仕事を終える迄にいつの間にか負け犬達は部屋から退散していった。もう一度くらい殴ってやっても良かったが、追いかけるのも面倒でカミナは見逃してやる。この場に長居する気分でもなかった。
「空気が悪ィな。表出るぞ」
「え」
ズボンの土を払っていたシモンの手首を多少強引に掴んで引く。
部屋の外も変わらず土壁に覆われた狭苦しい世界だ。それでもさっきの場所よりはまともに空気が流れている。
引き摺られ、数歩戸惑っていた足がしっかり地面をとらえたのを確認してカミナは口火を切った。
「災難だったな、シモン」
転ばないよう足下に向けていたシモンが声を掛けられ急いで首を上げる。
「その…助けてくれて、ありがとう。カミナ」
「気にすんな」
たどたどしい礼の言葉へ鷹揚に頷き空いた手で藍色の髪を掻き混ぜた。うぁ、とシモンの声と足が僅かにもつれる。
その反応におかしなところは何もなかった。年嵩達にされたことの影響は特に見られない。
だがどうにも確かめずにはいられなかった。想像だけで嫌気が差すが、それが年下の幼子に向けられていたなら見過ごすわけにもいかない。
「なにされたんだ?」
幾分低くなった声に、手櫛で髪を直していたシモンが首を傾げながら応じた。
「よく…分かんないけど、とにかく脱げって」
何をされようとしていたのか理解しきれていないだけに、言葉は直裁だった。
「なんか、言われてる意味わかんなくて…イヤだって言ったら」
「身ぐるみ剥がされた、と」
言いづらそうにしているのに助け舟を出す。
ぎゅぅっと眉を絞ってシモンが頷いた。
「抵抗しといて正解だな、そりゃ」
シモンにしてみれば羞恥も驚きも勿論恐怖もあっただろう。だが、幼く奥手な彼はその先にあるものを知らない。
カミナの感想の切実さも、今のシモンには理解し切れていないはずだ。
取り敢えず裸を晒しただけで済んだことにカミナはシモンに見せないよう息を吐く。不幸中の幸いだ。
地下世界はなにもかもに制限がある。
住家が狭いから飼える家畜に限りがあり、家畜に上限があるならば自ずと養える人間の数にも制限がかかる。
勝手にボコボコ子供が生まれても困るのだ。赤ん坊は労働力にならないし、なる前に死ぬかもしれない。
となれば子供を作る行為そのものに規制がかかるのは当たり前だ。
だが、問題はそれが子供を作ることだけに関わる行動ではないということだろう。若い連中には鬱憤が溜まり、溜まった欲求がはけ口を求めた時、代替行為を得ようとする者が出るのも当然だ。
そして犠牲になるのは立場が弱い者に決まっている。
行為を押しつけても子供が出来ない男で、抵抗されないくらいの年齢で、それも庇護者のいない孤児はうってつけだ。
中でもシモンは同じ歳の中でも身体が小さく、気が優しいと来れば恰好の獲物だ。何をされても泣き寝入りするしかない。
力の無い奴を食い物にしようと考える、その腐った根性が気にくわなかった。
不快感で顔を顰めたカミナは淀んだ空気を肩で切って進む。だがその歩を繋いだ手を引いてシモンが止めた。
「カミナ、待ってよ」
怒りのあまり歩幅が広がっていたらしい。危うく転びそうになったシモンに訴えられてばつが悪そうにカミナは頭を掻いた。
「悪ィ」
自分の欲求を押しつける奴等も奴等だが、シモンがそういう欲求の対象になりうると認めた自分も大概だろう。その気の有無は別として。
カミナは珍しい溜息を吐くと振り向いて床に膝をついた。何をする気かと目を丸くしているシモンの小さな手を握り込む。
「いいか、シモン」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す灰色の眼を覗き込むと、シモンは反射的に身を下げようとした。肩に手を置いてそれを止めさせて台詞を続ける。
「もし次があったら」
「…もう無いといい…」
蚊の鳴くような声を差し挟まれつつ、敢えて無視した。言い含める声音は真剣さを増す。
「俺の名前を出せ。んなことしたらカミナ様がただじゃおかねぇぞってな」
同い年の連中が束になってもカミナに敵わないのは実証済みだ。
覗き込む視線の強さに耐えられなかったのかシモンが瞳を俯かせる。弱りきったように眉を寄せ、か細い声を出した。
「でも…」
「でももどうしてもナシだ」
反論を押さえ込んで、カミナはまたシモンの髪を掻き混ぜる。
「そういう連中は性根入れ替えてやらにゃあな」
思う存分藍色の髪をぐしゃぐしゃにしてカミナは立ち上がった。一瞬だけ何か言いたそうにしたシモンは、背中を叩かれてよろめく。
「腹減ったな、飯食いに行こうぜ」
言いながら先に歩き出したカミナの後を、今度は手を引かれないままシモンは追いかけ始めた。




しくじった。
認めたくはなかったがそうとしか言いようがない。
「お前さんがちぃっとばかし生意気だからよぅ」
後ろで腕を捕まえられ、動きを阻害されたカミナの周りで下品な笑い声が反響した。
背後の男を蹴りつけてやろうとしたが位置が悪い。せめてもと正面でにやついている顔に唾を吐きかけてやった。
「へっ頭数揃えて鳴くのが得意たぁブタモグラの御同類だな」
してやったりと笑うカミナの視界に強烈な光が走る。汚れた顔を怒りで染めた男に殴られたのだと理解した直後、もう二三度目の前に火花が散った。
「カミナァ!」
殴打に重なって悲鳴が上がる。近寄ろうとしたシモンを羽交い締めにする腕が衝撃でぼやけた目に映った。この間自分が剥かれた時にもさほどの反応を見せなかったシモンが、大きな目に涙を溜めてじたばたしている。
「兄貴に痛い目見せたくなけりゃ、いい子にしろよ」
「…シモン!んな連中の言うこたぁ」
唸る言葉もこめかみを打たれて中断させられた。衝撃にがっくり首を折ったカミナを見て幼い声が裏返る。
「やめて!カミナが死んじゃうよ!」
バカ、こんなんで死ぬか。反論しようとしたのに舌がもつれた。
助けてやると約束したくせにこの体たらく、唸り声が精一杯とは何事か。
唾を吐きかけてやった奴の顔には見覚えがあった。確か、カミナと同じ年の弟がいてそっちもそっちで似たような連中とよくたむろしている。カミナが嫌いな類の兄弟だった。
むこうもカミナを嫌っていて喧嘩をふっかけられるのはいつものことではある。
ただ今日はカミナより年上の男達が仲間に加わって頭数が増えていた。オマケにカミナは一人ではなく、その連れ合いは喧嘩のけの字も知らない。
乱闘が始まった時に下手にシモンだけ逃そうとしたのが失敗だった。
庇いながら喧嘩すれば余波を免れまいと思っての行動だったが、こうなってしまってはザマぁない。
固まって動けないシモンに気を取られた瞬間、後頭部に一発食らって体勢を崩し、あとは袋叩きだ。
腹を蹴られて遂に膝が体重を支えきれなくなる。そのまま押しつけるように床に座り込まされ反撃出来なくされた。腕は後ろに回されたまま縛り上げられ、崩れた胡座になった足も肩を押えつけられていれば蹴りを放つこともできない。
痛めつけられされるがままのカミナを前に、か細い喘鳴を上げたのは見ていたシモンの方だった。
更に殴ろうとしたのか自分を離してカミナに近づく男に、顔から血の気を引かせたシモンが急いで取り付く。
「お願いだよ、もう止めて!」
必死に訴えるシモンに向けて嘲笑が上がった。
「なんだァ?お前が代わりに殴られてくれるってか」
カミナを取り押さえている男がゲラゲラと品のない声で問いかける。それは多分にからかいを含んでいたが、言われた方にとっては冗談で済まなかった。
ごくりと唾を飲み込んで、シモンは大きく頷く。
「いいよ、俺を殴れよ!
 なんでもするからもうカミナを殴らないで!」
目の前の少年を助けるために、子供は決定的な言葉を口にした。
バカヤロウと思わず罵倒しそうになったカミナを差し置いて派手な笑いが洞内を満たす。
涙目のシモンは自分の決意を否定されたのかと絶望的な表情を浮かべた。
だが違う。彼等が笑ったのは新しい遊びを思いついたからだ。
「今の自分の言葉、忘れるなよチビ」
自分に降りかかるだろうことを予測も出来ないシモンに向けて男が念を押す。
かなり年上の男達に目を向けられ、足を竦ませながらそれでも彼は大きく頷いた。
既に捕まえられている訳でもないのにシモンは逃げようとしない。
理由は解りきっていた。逃げれば、カミナが殴られるからだ。
体よく人質にされていることに歯ぎしりしてもなんの役にも立たない。
「まあ、お前を殴っても面白かねえ」
ゆっくりとシモンに歩み寄った男が小さな顔を覗き込んだ。てっきり殴られると思い込んでいたのだろう、シモンは一瞬目を丸くしてから恐る恐る問いかける。
「なにを…すれば、いいの」
答えが与えられないまま背中を押され、よろめいた子供はカミナの正面に立たされた。
痣だらけになり口端に血が伝う姿を間近にしてシモンが息を呑む。心配すんなと告げようとしたカミナの声を無情に男の命令が上塗りした。
「まず服を脱げ」
直ぐさまカミナは男達が言質を取った理由を理解する。
「ふざけんな!」
思わず叫んだ少年に、シモンへ向けられていた視線が集まった。
「俺とお前等の喧嘩だろうが!シモンは関係ねぇだろう!」
「カミナ、それ以上殴られたら本当に死んじゃうよ!」
吼えたカミナを押しとどめようとするシモンを見てまた哄笑が重なる。
「庇い合いかぁ?
 親のいない孤児同士、仲良しなこったな」
「うるせぇ、いいからとっととシモンを離せ!」
痛む頭を振り上げて不愉快な顔を睨んだ。そんなことしか出来ない自分が腹立たしい。
常から生意気なカミナを束縛していい気になった男は、したり顔で切り返してきた。
「別にもう俺達は捕まえちゃいねえだろ。
 なあ、逃げたきゃ逃げろよチビ」
確かに今シモンを物理的に拘束しているものは何もない。だが彼が逃げ出せる筈もなかった。
灰色の目はせわしなくカミナと男達をいったりきたりしている。ただ、その惑う視線が次の行為を迷っている故でないことだけは明白だ。
一人ではどうせ逃げ切れない。そもそもカミナを置いてなどいけない。
全て判っている子供は、大人しく被っていたマントに手をかけた。
「シモン、やめろ!」
カミナの声と怯えを示す震えを振り切って、取り払われた布が地面に落ちる。きつく瞼を閉じたまま下履きのベルトをといてしまえば後に残るのはせいぜいがさらしと下着が一枚だ。
そこで一度動きが止まったが、早くしろと促す声にシモンは唇を噛んだまま従う。
先に巻き取られたさらしが布の後を追い薄い腹とへそが晒される。伸びきらない腕や足と同じようにまだ肉付きの悪い身体は幼い丸みを残していた。さらしに守られている分だけ埃の汚れもなくますます肌は白く見える。
いよいよ下着一枚になったシモンは顔を歪めたが、彼が見せた抵抗はそれだけだった。それまで幾分かおたついていた手が覚悟を決めたのか一息に褌の後結びを解き横みつを外す。股間を隠していたものはそれだけの手順で呆気なく役立たずになった。
柔らかそうな太股の間に子供の性器が弱々しくぶら下がる姿が丸出しになる。ちんまりとした体に似つかわしく、まだ毛の一本すら生えていない有様だ。
見ていられずに顔を背けたカミナの顎が後ろから回された手で無理矢理前に向けられる。
それでもきつく瞼を閉じて見る事を拒んだカミナに笑いを含んだ声が告げた。
「最初の相手はカミナ、お前にしてやるよ」
「テメェ…っ」
さも鷹揚そうな台詞を聞いて眼裏に火花が散った。怒りのあまり目をかっ開いたカミナの正面に他の男に指示されたシモンが座りこまされる。言われたとおりに弱々しい足を守る靴を外して完全な素裸になったシモンが、俯いたままごめんねと早口に呟いた。
自分がいなければカミナは負けなかったとでも思っているのだろうか。
それでもシモンは不安と恐怖に押し潰されそうになっているくせに涙を流すことだけは拒んでいた。泣き喚いてもおかしくないだろうに気丈な奴だ。
泣いてもどうにもならないと理解しているのもあるだろう。だがその上でシモンはまだカミナの方を気遣っているのだ。
その優しさを逆手に取ってシモンを嬲ろうとする奴等と無力な自分への怒りでカミナの血液が沸騰する。腹をかっさばいて煮えたぎった血を笑う連中にぶちまけてやれたらどれだけ気分が良いことか。
しかし今のカミナに周囲の男達を止めるだけの力は無かった。それを突きつけるようにシモンへ新しい命令が与えられる。
「次だ、チビすけ。
 カミナの褌を外してやれ」
「ふぇ」
予想外の内容だったのだろう。間抜けな声を上げてシモンは男を仰ぎ見たが、自分達を玩具としか思っていない瞳にぶち当たってすぐに視線を下ろした。有り得る筈もない前言撤回を求めようとすることも出来ずに、小さな少年は膝立ちでカミナの側に寄り土まみれの脚に手を置いた。
ごめん、ごめんよ。
呟く音量で謝罪して、顔も上げられないままシモンの細い指がカミナの下履きの帯にかかる。謝る以外は唯々諾々と従うしか無いシモンに拒否を聞かせる訳にもいかず、カミナは喉奥で呻いた。丸まっちい指は赤味を失っている。緊張で血の気が引いているのだ。
別に股ぐらなんざ覗かれても構やしない。恥じるような貧相な代物を備えているつもりは毛頭なかった。だがそれとこれとは話が別だ。
自分の時とは違いなるべく肌を見せないよう気を使っているのか、シモンはカミナの膝に半ば乗り上げて腰を抱くように後ろの結びを解こうとする。結び目が見えないせいか、それともやはり作業に戸惑っているのか命令を果たすのに時間が掛かった。短く震える呼気が腹に触れてカミナは奥歯を噛みしめる。俺はこいつを守ってやらなけりゃならねえのに。
進みの遅さに苛立ったのか、男の一人がシモンの尻を足先で突いた。罵り声を上げかけた年上の幼馴染みは小声で止めてと頼まれて勢いを失う。
「カミナ、外すよ」
せめてもと言い置いたシモンが白い布の端を握って引き抜いた。
くつろげられたズボンの前からカミナの性器が顔を出し今度はシモンの方が視線を逸らす。
膝の上から覆い被さっていた小さな体が下がり、カミナのものを目にした男達の数名が微妙な顔を見せた。男の自尊心が少しばかり傷つけられたらしい。
年と体格からすれば充分以上に立派な逸物は当たり前だがシモンのそれとは姿が違った。
大人と同居していないシモンには奇妙に映るのだろう、そっぽを向いたはずの灰色の眼がちらりと戻りそれからまた慌てて別の方向へ投げられる。風呂場ででも見れば微笑ましい反応のうちだっただろうが、下卑た男共はそれで済まそうとはしなかった。
「そいつを握ってやりな」
「…なんで?」
しれっとした要求に場違いなくらい素直な疑問符が上がった。
心底意味不明な命令、なのだろう。シモンにとっては。訳が解らないと顔に書いてあった。
しかし命じる方にはシモンに行為の意味を説明する必要はない。
「いいから早くしろ!」
「っ!…まさか…」
乱暴に促され肩を小さくした直後、顔面蒼白になった子供の連想はカミナにもすぐ判った。
言うまでもなく股間の一物は男の急所。手荒く扱う痛みは誰にでも共通だ。
そしてシモンの腕力でカミナを傷つけようとすればそれは確かに手っ取り早い方法でもある。
いっそそうであってくれればとすらカミナは思った。玉袋でも引きちぎられた方が幾分マシに違いない。
声にならない罵倒がカミナの脳裏で渦巻いている間に、シモンが再び膝の上に手を置いた。
「カ、カミナ?触るよ?」
目を白黒させたまま、だからなのか存外迷うこともなく丸い指がカミナのものを撫で上げる。他人の体温にカミナが目元を歪めると勢いよく離れていったが、周囲から注ぐ視線に気づいてもう一回手の平が添えられた。
育ちの遅いシモンの手ひとつでは指を絡ませてもまだカミナのものの長さが余る。そもそも何をさせられているのか理解していない子供は、緩く握りこんだものの付け根にもう一方の手でぺたりと触れてから首を傾げた。
ぺたぺた触られても多少腰の座りが悪くなるくらいでカミナの性器は反応しない。内心安堵の息を吐き、この間に打つ手を選ぼうとしたその頭上で子供の仕草を観察していた男がつまらなそうに鼻を鳴らした。
「触るだけじゃ勃たねえか。おいチビ」
のろりと人差し指でカミナの形を辿っていたシモンが弱り切った顔を上げる。続いて耳に入ってきた台詞に、彼はいよいよ困惑を深めた。
「舐める、て、カミナのを?」
上に向いていた顔がまた下を向き手で握っているものを見つめる。やはり理解できない要求の意義を、一生懸命に考えているのだろうシモンの眉間に皺が寄った。
失敗すればカミナが殴られる。そして少なくとも触っているのが自分ならばカミナは痛い目には遭わない。間違いを犯して役目を降ろされることを厭ったシモンは、側に立つ男へと問いかけた。
「ブタモグラの真似をすればいいの?」
たどたどしい声に野太い返事が戻る。
「そういうことだ」
そういうことだじゃねぇだろうがと叫びかけたカミナを止めたのは、躊躇なく押しつけられた舌だった。
「シモン!?」
生殖に使うかもしれないが、基本的には排泄器官だ。そんなものに幾ら脅されているとは言え迷わず口をつけられるとは思ってもみなかったカミナは度肝を抜かれる。彼は彼の弟分が目の前で親しい人間が傷つくことにどれだけ怯えているかを完全に量り間違えていた。
動揺して耐えることを忘れた神経に濡れた舌が性器の表面を這う感覚を叩き込まれる。先端と根本を手で支え、鼻が擦れる程顔を押しつけたシモンが一心不乱に口を動かしているのが間近に見えた。
気持ちが良いとかそんな問題ではなく衝撃を受けて呆けた頭が、遅れて自分の反応を理解する。裏筋を舐め上げられ、くびれを指がなぞる間にさっきまで萎えていたものに血が流れこみ始めていた。人生でこれ程肝を冷やした事もないだろう。
あくまでも生理反応でシモン相手に欲情した訳ではない。だが弟分にそんなものを押し付けるくらいなら、周りの奴らに不能と思われる方がマシだ。
しかし冷静さを取り戻そうとしても一度受け入れた感覚を否定する事は難しい。唇を押しつけているせいか呼吸を荒あげ頬に血の気の戻り始めた幼い顔が性器のすぐ傍にあるのを見るのが辛くて目を閉じれば、余計触覚に意識が向いた。逆に反応しないよう意識すればするほど、すぐ近くの体温や息遣いを拾ってしまう。少しだけ離れた口から零れた吐息が先端に触れて我慢しきれずに呻いた。悲しいかな、彼はまだ性欲を統制しきれる年齢ではない。
「…なんか、おっきくなった…?」
掠れた声が指摘する通りカミナのものはシモンの指が支えずとも上を向いていた。様変わりに怪訝な顔になったシモンはシモンでとうに肩で息をし始めている。注力しすぎて酸欠にでもなったのか舌を外に出したまま灰色の瞳が虚ろにカミナのものを見つめていた。
だが、己の唾液で口元を汚したまま拭うことすら思いつかないでいる小さな子供に痛々しさや同情を感じるほど男達に繊細さは無い。むしろこれ幸いにと包囲の話が狭まり、背を倒したままのシモンの細い腰を毛の生えた手が掴み上げた。
「うゃ!?」
呆けていたところで急に体勢を崩され、意味を持たない声が上がる。尻を上げさせられたシモンは四つん這いにすらなりきれずにカミナの胡座の間に肩を落とした。
「なにしやがる!」
訳も解らず藻掻くシモンの代わりに怒鳴りつけたカミナへ二人を小馬鹿にした視線が投げられる。
「お前だけ楽しんでそれで放免ってなぁナシだろ。
 なあカミナ」
言う間にも男の手は生っ白い尻の位置を乱暴に動かしていた。膝を引き摺られ、柔らかな皮膚が傷つけられたシモンがやっとまともな反応を見せる。とは言え細く弱々しい脚で抵抗になる筈もなく小さく突き出た踝ごと足首を掴まれてあっさり封じ込められた。
上半身を倒したまま腰から先を上向けられ、頭に血が落ちるのが苦しいのかシモンの息が跳ね上がる。
「見事につるっつるだな」
仲間の行動を見下ろしながら別の男が揶揄した。そうこうしている間にシモンを良いように扱っている男が自分の股間をくつろげ始め、カミナは遅ればせ仰天する。
「ま、待てっ!待て待て待て待てっ!!」
自分の周りで、いや自分自身にすら何が起こっているのか解らないシモンが不安そうにカミナを見上げた。だが今はそちらに気を払っている場合ではない。
「お前等頭沸いてんのか!?自分の図体考えろよ!」
男同士で何をするのか知っている自分の知識も吐き気がしたが、それどころではなかった。男が備えているものは、今見て取れるだけで既にカミナのものより大きい。押し込まれればシモンが血を見るのは明らかだ。
しかし焦って叫ぶカミナに、呆れ返った声が答える。
「突っ込みゃしねえよ。狭っ苦しいだけで気持ち良くもねェからな」
想像は否定されたがそれで安心できる筈もなかった。それ以上カミナの言動に付き合う気がなくなったらしい男が、腰を支えたままシモンの尻を張る。
「うぁ!」
「脚閉じな」
赤い跡をつけられて悲鳴を上げた子供に気遣いも無く男は肉付きの悪い太股をぴったりと寄せさせた。おかげで左右の膝がくっつき、幾分か体勢を支えるのは楽になる。ただそれが救いになる訳がないことはシモンにもカミナにも理解出来ていた。
「…クショォ」
毒突いたカミナはどうしようもなく目の前の男の動向を眺める。舌なめずりを見せた男は最早カミナなど眼中にないのか、汗ばんだ子供の肌を撫で回しながら鼻息を荒くした。腰を動かし揺らした野太い性器がシモンの太股にぶつかるうちに勃起を始め、カミナは目を疑う。
だが言葉を無くしたのはカミナ一人で、周囲の男達はさも当然というように見下ろすばかりだ。
こいつら頭狂ってるんじゃないのか。
想像の範囲外のものを見せつけられて、流石にカミナも血の気が引いた。痛みではなく理解力の悲鳴が意識を明滅させる。
「カミナぁ…」
啜り泣きに似たシモンの声だけがどうにかカミナの頭の配線が焼き切れるのを留めた。けれど危険にさらされている本人にかけてやる言葉すらみつからない。
「…シモン」
呼び合うことくらいしか出来ない孤児達を嘲笑うように、寄せられた太股と太股の間に剛直が射し込まれた。
「ひゃっ、な、なに!?」
突然押しつけられた体温に悲鳴を上げる暇もあらばこそ、シモンの太股と股間の隙間で醜い肉塊が擦られる。驚いて脚を開こうとした途端尻房を張られて甲高い悲鳴がもう一回洞内に響いた。
「閉じろっつったろうが!」
数回打たれ白い肌から赤味が引かなくなる。痛みを堪え涙を溜めた目が諦めに染まって俯いた。憤懣やるかたなくなったカミナが矢も楯もたまらずに無意味な怒声を上げようとする。
それを止めたのはシモンだった。幾分か萎えかけていたものに熱が触れ、叫びだった筈のカミナの声は奇妙な吐息にすり替わる。シモンは縋るように目の前のカミナのに吸いつき、さっきよりも強くそれを手で擦った。股間で蠢いているものの体温を幼馴染みの熱で上書きしようとして、舐めるだけでなく音すら立ててカミナの怒張に唇を寄せる。
ぴちゃぴちゃとシモンの舌が起こす音がやけに耳についてカミナは歯を食いしばった。目前ではだらしなく顔を歪めた男が変に素早く腰を振りたくり、それを押しつけられているシモンは熱に浮かされたようにひたすら奉仕を続けている。なにもかもが認めがたく目眩を引き起こした。しかしそそり立った彼の性器はひっきりなしの刺激を受けて気を抜けば暴発するところまで追い詰められている。止めろと押し殺した声で言っても、行為に逃避しているシモンは手指と口を離さなかった。
それどころか、自分の尻の間で行ったり来たりしている塊の動きが大きくなっていくごとにますますシモンの奉仕は執着を増す。最初は舌で舐めていただけだった筈が、唇で形をなぞるようになり、音を立てて吸ったかと思うと歯列で表面を探り始めた。支えの意味を失った指は手持ちぶさた気味に根本で揺れている袋を弄っている。
「う、がァあッ!」
カミナの脳は考えることを放棄したがり、延々続く奉仕に今度こそ彼の配線が飛んだ。それでもギリギリ射精することを拒むカミナの喉から獣じみた叫びが上がる。
それを合図にしたように、先にシモンをいたぶっていた男が迷いもせず精液を床にぶちまけた。浴びせられた熱を嫌がったシモンが、絞るようにカミナの性器を握りしめる。遠慮のない締めつけは痛みでしかなくても決壊させるには充分だった。
どくりと心臓の鼓動に同期して溢れ出た白濁は止めどなく零れ、すぐ横でくたりと首を預けたシモンの髪と頬を汚す。
体内で暴れる血流と互いの呼吸の音だけが子供達の捉えられる全てだったが、それに浸る時間を与える程囲い込む男達は聖人君子ではなかった。
シモンを嬲っていたのとは別の男が汚れた部分を避けて小さな頭を掴み、カミナの膝からシモンを引き剥がす。
「カミナ…!」
離されることを嫌がって伸びた手が空しく中を引っ掻いた。
「シモン!」
その手を取って引き戻そうにもカミナの両手は後ろで拘束されたままだ。頑丈な縄は何度もそれを振り解こうとした少年の腕に食い込んで皮膚を破き、血を吸い込んでますます結び目を強固にしている。
「そんなに睨むなよカミナ。チビとやれて良かったんだろ?」
血よりも赤い目が湛えた憎しみも、完全な優位を味わっている連中にはなんの効果もなかった。ぐったりと力のないシモンはされるがままに少し離れた床に座りこまされる。
その一方で、カミナは他人の吐き出した精液で汚れた床に仰向けに倒れ込ませられた。青臭さに顔を顰め、少しでも位置をずらそうとしたが頭を踏みつけられて失敗に終わる。
乱暴に扱われるカミナを見て、力の無かったシモンの目が僅かに意志を取り戻した。
「い、言うこときいたじゃないか!カミナに怪我させないでよ!」
震える声が自分を取り囲む男たちに訴える。一度抜いた毛深い男がカミナを取り押さえたままゲラゲラと笑った。
「あの程度で偉そうにすんなよ」
待たされていた者達は不満そうに子供を見下ろす。いつの間にか順を決めていたらしく、シモンの髪を掴んでいる男がどうやらその順番らしかった。手早く晒したものを反論しようと開かれたシモンの唇に押し込む。どんぐり眼が見開かれていくのと同じ速度で殆ど根本までが口腔に納められた。
小さな口いっぱいに頬張らせられ、細い顎が無理に開かれる。呼吸すら阻害されたシモンが流石に藻掻いたものの黙らせるように更に奥にねじ込まれてしまった。細い喉が不自然に動いているのは吐き出そうとしているからだろう。長さを考えれば先は喉の壁にぶち当たっているはずだ。
「無茶苦茶しやがって…!」
憤りのまま這ってでもシモンに近づこうとしたカミナの背中に人一人分の体重が乗り上げる。何一つとして思い通りにならなかった。
「噛みついたりすんなよ?」
自分のものを飲み込ませた男が、両手で藍色の頭を掴んで少しばかり納めたものを抜き出す。急いで呼吸を得ようとしたシモンが喉を鳴らす暇もあればこそ、また好き勝手に頭を動かして奥へ突き込む。閉じることのできない薄い唇の端から唾液が零れ、抜き差しの度にぐちゃぐちゃと淫猥な水音を立てた。
見るのも音を聞くのも辛い。自分が殴られ続けた方が余程マシだ。だが手出しを許されていないカミナは見続けていることしか出来なかった。憎しみで人が殺せたら、男達は百回死んでいる。
シモンは最初こそ苦しそうに顔を顰めていたが、その内そんな気力も無くなったのか表情が失われる。時折舌が思い出したように抵抗を見せても擦られた男の方は愉しむばかりだ。
されるがまま好きなように口の中を荒らされ、最後に一際強く腰に頭を押しつけられる。喉の奥で精液を弾けさせられ、塞がれたままシモンが悲鳴を上げた。喉に押し込められた体液が逆流しても詰まったままの性器に邪魔される。咽せようにも息すらままならず恐慌しかけたシモンへ向けて、男がさもおかしそうに告げた。
「全部飲めよ」
瞬きしながら頷いた子供の反応を見て、やっと満足そうに口の中を占拠したものが引きずり出される。反射的に咳き込みそうになったシモンは、吐き出す訳にはいかないと手で自分の口元を抑えた。どろどろとした粘液が居座り呼吸も嚥下もままならないシモンはきつい臭いを耐えて喉を動かす。胃に落ちていく感触が吐き気を煽るが、彼の仕事はそれだけでは終わらなかった。
やっと飲み込んでぜふりと息を吐き、口から離れた手をその倍もあろうかというごつい手が奪う。
「カミナのお墨付だしなぁ、手でやってもらうのもいいか」
苦しみからの解放はほんの僅かだ。力を込められれば折れてしまうような手が上から押さえつけられて男のものに押しつけられる。
藻掻くカミナに少しだけ視線を投げて、シモンは自分から目の前の肉に口を寄せた。
「少しは解ってきたじゃねえか」
力無く作業を進める子供を見下ろして男が笑う。その直後だった。
べったり地面に伏せたカミナの身体が大きく跳ねる。押さえつけていた男が体勢を崩してたたらを踏んだ。続いてびしりと不穏な音が頭上で鳴る。
それが天井に入った亀裂の所為だと遅れて気づいたカミナの頭上で男が叫んだ。
「おい、マズいぞ!」
ぱらぱらと土の欠片が降り始めている。足下すら危うくするそれが地震であることは、地下暮らしの者達には考える迄もなく解った。
暴行の為に作られたまま放置されてまともな手入れもされていない部屋が選ばれている。焦りを隠さず男達が我先に扉へと脚を向けた。どれだけいたぶり甲斐のある玩具でも、命の方が大事に決まっている。
「ま、待ってくれよ!」
さっきまでの横暴さはどこへやら、人形のようにシモンをふり捨てた男がよたよたと揺れる地面を走っていった。その脚を引っ張って転ばせ、思う存分殴ってやりたい衝動をカミナはどうにか堪える。
地面に倒れたシモンは微動だにしない。あの、地震を心底嫌い怯えているシモンが、だ。
「シモン、おいシモン!」
幼い頃から脱走に慣れた彼は自由さえ与えられれば縄抜けぐらいはやってのける。だが揺れと身体の痛みでまともに歩けず、仕方なく膝で身を引き摺ってカミナは倒れ伏した子供に身を寄せた。見下ろした光の無い目は開いていたが何も映していない。地震が起こっていることも理解していないだろう。
「シモン」
顔から腹までべったりと汚された体に土屑が降りかかった。後悔もなにもかも後にしなくては命すら助からない。気力は削がれていたが、このままここで生き埋めになって死のうとするほどカミナは潔い少年ではなかった。
血流が悪く痺れた腕を叱咤してカミナはシモンを抱え上げる。意識のないシモンが小さな小さな声を上げたが、焦るカミナの耳には届かなかった。




言わなきゃならないことがあるのに声が出ない。
喉の奥にまだどろどろしたものが詰まっているみたいな感触があった。顎に力が入らなくて、満足に口も開けられない。耳もなんだか壊れたように音を拾ってくれず、全てが膜の向こうにあるようだった。
皮膚だけが満足に働いていて自分以外の体温が傍にあることを教えてくれる。伝わる温度はシモンの中に染みこんで彼を安心させた。それと同時に彼はますます切実に思う。
言わなきゃ。
己を急かす感情が強すぎて何を、誰に、伝えなければいけないのか忘れる。兎に角声を出そうとして息を呑み、痺れた喉が対応しきれずに咳き込んだ。
そこでようやくシモンは自分が瞼を閉じていることに気づく。
勢いよく開いた瞳がまず映したのはありがちな土の天井だった。凝り固まった息がこぼれ落ちる。どろどろした感触はもう無くなっていた。
一緒に、傍にあった体温も。
「…カミナ」
丸まって床に寝ていた身体を起ことかけられていた布が腰まで落ちた。呼ぶ声に、返事はない。一度だけ部屋の中を見回した後、シモンは床に視線を落とした。裸の自分の腹が目に入る。
置いて行かれて当然だ。
カミナが喧嘩に負けたのも、あんなにボロボロにされたのも、シモンがついて歩いた所為なのだから。
そもそもなんでカミナが自分に親身になってくれていたのかだって解らなかった。足手まといになったこの期に及んで一緒にいてくれる筈がない。
当たり前だ。いつだってそうだった。
自分は弱くてなにもできない孤児で、独りで居るのが当然で。だから、元に戻っただけ。
言い聞かせながらシモンは唇を噛んだ。目の奥がひどく痛む。動く気になれないまま音のない部屋の中に弱々しい呼吸音だけが響いた。
…静寂を破ったのは、シモンではない別の人間だった。
「シモン!目が醒めたか」
聞くことを諦めた筈の声が部屋に投げ込まれる。弾かれたように藍色の頭が上がった時には既に彼は大股で洞の中に入り込んでいた。呆気にとられぱちぱちと瞬きをし、相手が本当にそこにいるのかシモンが疑っている間にすぐ隣へ膝をつく。
「カミナ」
「おう」
幻、ではない証拠に名前を呼ぶとすぐに応答が戻った。薄く唇を開いたまま二の句が継げないシモンの目の前にずいっと器が差し出される。
「取り敢えず飲めよ、な?」
動きにつられて覗き込んだ器には、なみなみと水が注がれていた。揺れる水面に情けない子供の顔が映っている。
言わなくちゃ。
思い出すと同時に衝動が背中を駆け上がり、シモンは勢いをつけてカミナに向き直った。
だが勢いが続くのもそこまでだ。いきなり動いたシモンに驚いたのか丸くなっている赤い瞳は片方瞼が腫れ上がり、更にこめかみの辺りに青く痣が浮かんでいる。口の端はもう乾いた血がついたままになっていた。細かい切り傷や擦り跡は数え切れない。
これは全部自分のせいだ。だから、言わなきゃならない。
解っている、思っているのに、折角カミナに向けていた瞳はゆっくりと俯き始めていた。小さな肩が悄然と窄まる。
「…どうした、シモン」
案じる声と共に筋肉質な腕が背中に回された。寝ている間に感じていたのと同じ体温が染みこんで、戦慄く唇に器の縁が触れる。気遣われ、湧き出す情けなさで胸が痛かった。それを押し込めるようにシモンは水に口をつける。
がっつくように水を飲み下していくシモンの背をカミナの手が撫でた。暖かいはずのそれから焼けつくような熱を受け取り、空になった器から唇を離す。喘ぐように息を吐くのと同時に堪えきれず涙が決壊した。
「どっか痛ぇのか!?」
焦りの滲んだ声と共に器が床に転がる音がして、シモンに添えられた腕が2本に増える。抱きすくめられながら落ち着かせるように背筋を撫でられたがそれはシモンの嗚咽を助長させた。
「痛くない、どこも痛くないよ」
しゃくり上げて否定しながらシモンはカミナの胸に押しつけるようにして頭を振る。
痛くないから駄目なのだ。ドジを踏んだのは自分なのに、怪我をして苦しんだのはカミナの方だ。
止めなければと思うのに水を飲ませて貰ったせいか、後から後から涙が零れて止まらない。
どうしたんだと狼狽えたカミナの声が耳に届いてますます申し訳なくなった。こんな風に泣いてちゃ駄目なんだ。言わなきゃ。
「ご、ごめん…っごめん、なさい…!」
許しを乞う言葉は涙混じりのまま震えた。もっとしっかり謝りたいのにどうしても泣き止めない。瞼をきつく閉じても歯を食いしばっても駄目で、余計悲しくなった。
背中を抱いていた腕が離れてカミナが大きく溜息を吐く。怒られると身を竦ませたシモンの両肩を大きな手が包んだ。驚き、閉じていた目を開けたシモンの視界いっぱいにカミナの顔が映り込み次の瞬間額どうしが音を立ててぶつかった。
「謝るな」
ごりごりと額を擦り合わせながらきっぱりとカミナが謝罪を断る。
「だって、俺がっ!俺がいたからカミナが怪我して」
とは言えそんな一言でシモンの後悔が消えるはずもなく、言い募ろうとした小さな額にもう一度カミナのそれがぶつけられた。今度は少しばかり勢いが強くて思わずシモンは患部に手を置く。その仕草を見下ろして笑っていたカミナの表情がふいに陰った。空気が変わったことに気づいて上向いた灰色の瞳が真剣な視線にぶつかる。思わず息を呑んだシモンに低く押し殺された言葉が向けられた。
「俺が落とし前つけんのにしくじったのが悪いんだ。
 謝らなきゃならねえのは俺の方だろ」
薄い肩の上から両の手が離れる。引いていく腕をシモンの目が追いかけている隙に身体の距離が開いた。丸くなった眼の前で項垂れるようにカミナの背が伏せた。
「済まねえシモン。辛い目に遭わせちまった」
神妙な科白を口にしながらカミナが頭を下げる。自信の塊のような男が滅多に見せない姿を見せつけられて慌ててシモンは膝立ちで擦り寄った。
「や、やめてよカミナ!」
今度は小さな手の平ががっしりした肩の上に置かれ背を揺さぶる。しかしいっかな頭が上がる気配は無く、狼狽えたまま幼い声が言葉を綴った。
「俺は平気だよ!カミナが庇ってくれたから怪我もないしっ!
 それよりもカミナの怪我の方が…そうだよ、ちゃんと手当てしないと駄目だよ」
言い立てられ、噤んでいた口がやっと応じる。
「…骨の一つもやられてなけりゃぁ怪我のうちにゃあ入らねえよ」
憮然とした、だが豪快な言葉と共にやっとカミナは背を正した。一点の曇りもなくそういうものだと思っているらしい年上の幼馴染を見て幼げな顔に呆れによく似た尊敬の念が浮かぶ。だがすぐ傍にある疵痕は容易に痛覚を連想させて、シモンは眉を寄せた。
「でも、アザだらけだよ…」
相手が居住いを戻したお陰で滑り落ちた手が傷だらけの顔に伸ばされる。小さな指は一つ痣に触れてびくりと揺れたあと、恐る恐る頬の傷痕を辿った。
「ん?ああ、こんなモン唾でもつけときゃ治んだろ」
こともなげに言うカミナは緩く傷に触れられても痛みを表に出さない。全く痛くない筈などないのにどこから耐えるだけの力を得ているのかシモンにはよく解らなかった。
だからせめてもの礼代わりと両手をカミナの首筋に添えて体を立てる。詰められた距離にカミナが首を傾げている間にシモンは彼の口端にこびりついた血に舌を伸ばした。鉄錆の味がするそれは一度舐めただけでは拭いきれずに、もう一回舌を這わそうとして大音声に止められる。
「シモン!なにしてんだ!」
ぎょっとしたことを隠さない声に制止され、離れることを促すように腹を手で押された。カミナの反応の意味が解らずにきょとりとシモンの目が丸くなる。
「だって、唾つければ治るってカミナが言ったんじゃない」
素直すぎる台詞にカミナは言葉を失った。抵抗が無くなったのを見て取ってまた切れた唇を丁寧に舌で舐め、続いて頬の裂傷とその周りの痣に舌を触れさせる。
カミナは止めようとはしなかったもののこめかみを舐められながら重い息を吐いた。
「…お前な、そんなことしてると変な奴が寄ってくるぞ」
「?」
鼻どうしが触れるほど近くで疑問顔を晒したシモンは、髪の生え際にも傷を見つけて唇を寄せる。カミナは大仰な溜息と共に呟いた。まあ俺が守ってやるからいいけどな。
「何か言った、カミナ?」
決意を聞き逃したシモンが胸に息が触れるくすぐったさに身を捩った。緩くかぶりを振ってカミナの肩が窄まる。
「お前の服どうしようかっつったんだよ」
「へ」
今更指摘され、自分達が生き埋め寸前だったことを知らないシモンが悲鳴を上げた。
「服!俺の服は!?」
気づけば体にかけられていた布以外は身にまとっているものがない。殆ど素裸だったことに遅ればせシモンの顔が真っ赤に染まった。

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