シーンをバンバン削ってもなかなか書き上がらないのはどういうことだろう。
しかも書いてもなんかこう考えてることがお伝え出来ていないこの駄目さ。
今回のまとめ:
・シモンさんは目的がないのでカミナやニアのお手伝いを目的にしました。
・カミナに言いたいことが言えなかったので、ニアにはお父様に言いたいことを言わせてあげようって思いつきました。
大きく部屋が揺れた。
覚えのある揺れ方だった。
「…来たんだ」
振動の示すものが何なのかを理解したシモンはふらつく体を立て直して毛布を除ける。
幸い彼女を止める人間は今部屋には居なかった。代わりにぴょこりとブータが床の上で跳ねる。
「ぶい!」
シモンが探すよりも早く、彼女の小さな相棒が靴の場所を示した。寝台の足の傍に作業用ブーツが置かれている。
そういえばあの荒れ果てた谷で貸したきり、戻ってきた時は裸足だった。ブーツは雨と泥の汚れを拭い落とされてシモンですら見違えるほど小綺麗になっている。
ニアか、ヨーコか。…いや、ロシウだろう。こういうことに気が付くのは。
気遣いにも、看病にも一言の礼も言っていない。己にかかりきりの情けなさに自嘲したシモンへ向けてブータが靴を押し出した。
そう、今は行かなければならない。さっきの揺れは前に一度感じたのと同じものだった。
間違えようがない、あれは四天王・アディーネがこのダイグレンの舳先に降り立った揺れだ。
前の時はニアのお陰で戦いにならなかったが、今回もそうとは限らない。
彼女が居たとしても自分たちがミヤコへと攻め上るのならばいずれ四天王との争いは避けられなかった。
乱暴に靴へ足を通し、のさばる頭痛と不安を追い払う。ラガンを動かせない自分が戦力にならない自覚はあった。だが、ここで大人しく寝ているほどの図太さもない。
倒れる前に足を出す有様で廊下に踏み出すのと同時に、艦内へ声が響き渡った。
「ご無事でしたか、ニア姫様」
聴き覚えのない女の声。ニアを姫と呼ぶのならば、おそらく四天王なのだろう。平伏してみせる口調の中に潜む凄みが耳にいた。自然小走りになるシモンの背をニアの言葉が押す。
「アディーネ、教えなさい。
お前たちはこの地上で、人間たちを苦しめるようなことをしているのですか?」
ニアの問いは、あまりにも簡単に肯定された。アディーネと呼ばれた女は人を虫けらと呼び、ニアの父が人殺しを命じていると言い切った。
節々の痛む体を引きずりどうにか格納庫へたどり着いたシモンは、信じられないと息を呑むニアをその目で捉える。真っ直ぐに続く甲板の先にカスタムガンメンと相対する少女の姿があった。
そこに居たら危ない。直感的にシモンは理解する。大きな地震がくる直前のような空気だった。間違いなく何かが起こる。
「…ニア!」
小さく掠れた声に気づいたのはニアではなかった。格納庫にはガンメン乗り達の人だかりが出来ている。ニアと四天王のやりとりを見守る一団の最後尾に並んでいたロシウが、慌てた様子でこちらを振り向いた。
「お父様と話をしてみます。
アディーネよ、私をお父様の元へ連れて行きなさい!」
毅然と言い放つ声と、シモンさん、と呼ぶロシウの唇の動きは女の叫びに上塗りされる。
「うっぜぇんだよ!」
駆け寄ってきたロシウに支えられたシモンの肩が震えた。どよめく男達の背中ごしにアディーネがたたみかける。
「アンタはもうお姫様じゃないんだよ!」
勝ち誇った口調にシモンの頬が引きつった。そうだ、ニアは靴を履いていなかったのだ。それは何故か?つまり外を歩く必要がなかったから。
…彼女はもう二度と、あの箱から出ない筈だった。
「螺旋王から捨てられたんだよ!」
少女の理解にアディーネが太鼓判を押す。
「嘘です!お父様がそんなことをするはずがありません!」
それでも否定したニアを鼻で笑い、証明するようにアディーネのカスタムガンメンがニアを捕らえた。
いけない。咄嗟にシモンは胸から下げたコアドリルを握った。しかしニアの箱を前にした時とは違う。今彼女がねじ込むための穴はない。焦って見回してもラガンの姿さえすぐにはみつからなかった。どれもこれも、並んでいるのはラガンよりずっと大きなガンメンばかりだ。
「あなたも私を憎むのですか?」
シモンの焦りと対照的にニアは圧倒的な力を前にしてすら怯まず問いかける。
泣き叫びもしない彼女に興が削がれたのかアディーネは戯れのようにガンメンの刃をぎらつかせ言い捨てた。
「憎い?そんなことはどうでもいいね」
今にも細い首が落とされようとしているのを見て焦った男達がざわめく。縋るように人だかりを見つめたシモンの代わりに、焦れた誰かが訴えた。
「おいカミナ!」
一人が呼べば口々にその名が繰り返される。大グレン団の動きを止めているのがカミナその人だと知ったシモンは眼を見開いた。
「いいから黙って見てろ」
大グレン団の頭領は鞘に収まったままの刀と腕を伸ばし、顎をしゃくる。
「…言っただろうが。
大事なのは、そいつが心ん中に何抱えてて、何をするかだ」
仁王立ちして動こうとしないカミナの向こうで一歩も引かずに居るニアをアディーネが嘲った。
「私はただ螺旋王が殺せとおっしゃったらそうするだけ。
憎んでいようがいまいが関係ないさ!」
女にとってそれは当然に過ぎる。疑いを持たない言い種にシモンは自分が震えていることを知った。命令されるから、誰かが言うから穴を掘る、戦う。アディーネという女と自分は変わらない。
「ただ命令されたからといって、私を殺すのですか?」
「あったりまえだろうが!」
糾弾するニアを即座に否定するだけの力はシモンには無かった。怯むシモンと違いあっさりと頷くアディーネに、王女だった娘は重ねて問う。
「では、お父様が死になさいと言ったら、死ぬのですか!」
「っ…!」
死ぬ。
アディーネと同時に息を詰まらせながら、シモンが出した答えは正反対だった。
死ぬだろう、自分は。もしもカミナに死ねと言われれば自分は死ぬ。それがカミナの為になるというのならば、命は平気で投げ出せた。このダイグレンを手に入れた戦いでそうしたように。
「あなたは間違っています!あの人たちはなにも悪いことはしていません!
ただこの地上で、静かに暮らしたいだけなのです。
理由もなく殺されて、いいはずがありません!」
口上に笑ったのはカミナだった。嬉しそうに頷いた彼は刀を腰に戻す。しかしその仕草を見ないままシモンは俯いた。
「奴らはチミルフを殺したんだよ…理由ならそれで充分だろうが!」
どこか淡々とした、だからこそ心底の怒りを示す声にシモンはコアドリルを握り締める。
そうだ。あの日、自分は殺した。
四天王チミルフをこの手で殺した。
自分で望んで戦場に出て殺し合いをした。
生きるためにブタモグラを殺すのとは訳が違う。
あの時生き残ることが許されるのは殺し合いに勝った方だけだった。
ニアは叫ぶ。間違っていると訴える。殺せば殺すだけ傷つけあい、憎しみが止まることはないのだと。
その通りだ、ニアは正しい。
けれど自分はきっと、カミナを生かすためになら何度でも殺すだろう。
…恐ろしいのは、そんな自分だった。
息が苦しい。頭痛がする。
だがそんな感覚をアディーネの叫びが追い越した。
「あぁ、心底ムカツク女だねェ!螺旋王が捨てた気持ちが解ってきたよぉ!」
緊張感が駆け上がる。死が迫っていることを理解したシモンはそれを払う為に顔を上げる。灰色の瞳が力を求めて彷徨い、見出す前に強く手が握られた。
「…ロシウ!」
視線に頷いて見せたロシウがシモンの手を引く。つんのめりそうになった脚にブータが体当たりして軌道修正した。
導かれるまま駆け寄ったシモンを迎えてグレンのコクピットが開く。後退ろうとした細い足を、鋼鉄の手指が止めた。
「シモンさん!」
先によじ登ったロシウがシモンを誘う。繋いだ手を頼りに転がり込むと同時に口が閉じ、内部モニタに電源が入った。
「あなたは!そうです!むかつきます、です!」
彼女に似合わない怒りを露わにしたニアに、それよりも強い憤怒を載せたアディーネが喚く。
「そりゃテメェだよ小娘!」
命を奪おうとするカスタムガンメンを止めようにもグレンは間に合わなかった。
「ニア!」
青ざめて叫ぶシモンに応えてロシウが操縦桿を前に倒す。そして同時に、鋭い銃声が甲板へ響き渡った。
「…ヨーコさん!」
グレンを走らせながらロシウが呟いた安堵でシモンは何が起こったのか理解する。細い煙が弾かれたカスタムガンメンの手から上がっていた。
息を吐き、またいつの間にか握っていたコアドリルからシモンは手を剥がす。そしてその掌に血が滲んでいることを知って彼女は頬を引きつらせた。勢いをつけて振り向いた先、操縦桿を掴むロシウの利き手には真新しい包帯が巻かれている。
「ロ、シウ」
狭いコクピットの中、一人用の座席を分け合ったシモンは傷ついたロシウの手に指を重ねた。その傷が自分の暴走させたラガンによるものだと理解して灰色の瞳が揺れる。
真っ直ぐに甲板を突っ切らせながらロシウはシモンの代わりに口を開いた。
「シモンさん、ラガンだけが、グレンラガンだけがガンメンじゃありません」
伝えられた意図を受け止めきれず青ざめた唇が戦慄く。
シモンに出来るのは穴を掘ることだけ。シモンが乗れるのはラガンだけ。
彼女にとっては、そのはずだった。そうでなければいけなかった。
だというのにロシウはゆるりとシモンの確信を否定する。
「あなたが望むのなら、あなたはどのガンメンにだって乗れるんです」
確かにロシウの言うとおり、戦うだけならばどんなガンメンに乗っても良かった。
そうしなかったのは怖かったからだ。
ラガンに、ガンメンに乗って、戦うこと。
カミナのためならば命を奪うことにも慣れてしまうこと。
それが平気な自分が怖かった。
だが今ニアを奪われようとして、やはりシモンは戦う道を選ぶ。
失ってしまう恐怖に彼女は耐えられなかった。
その為なら自分の命を使い、敵の命を奪って進む。
…自分が選べるたった一つの道とは、そういうことだった。
「…ロシウ」
血の滲む右手に手を被せる。こちらを仰いだロシウに首肯する。
操縦桿を分け合って二人で操縦してもグレンは惑わなかった。
前を見て走るグレンの背中で、ビャコウに乗ったカミナが刀を振り上げる。
「シモンに続け!野郎共ォ!!」
野太い鬨の声と共に一斉に大グレン団のガンメン達が駆けだした。先頭に立ちながらそれを意識しないシモンは囚われた少女の名を呼ぶ。その瞬間、彼女の喉も体も熱や痛みを忘れていた。
「ニア!」
気づいたニアがカスタムガンメンの手の中から振り返る。窮地に見せるには晴れやかすぎる笑顔だった。
「シモーン!」
欠片も不安の無い顔で、まるで遊んでいる最中のようにニアは呼び返す。
それが気にくわなかったのか今度こそニアを殺そうとしたアディーネの動きをもう一発の銃弾が止めた。
「あと、よろしく!」
のたうつ尻尾を仕留めたスナイパーが音声だけの通信を滑り込ませる。
「はい!」
ロシウが律儀に応じると同時にグレンは四天王のカスタムガンメンへと突撃していた。ニアの隣をすり抜けてぶつかり合った二体はよろめいてダイグレンの縁から地面へ向けて落下する。
もんどり打って転がった白と赤のガンメンを追いかけて大グレン団の面々も次々と降り立った。体勢を立て直すより素早く跳ねた尾を除けてグレンが飛び退る。鞭のようにしなった尻尾の隙間に甲板からダヤッカイザーが砲撃を叩き込んだ。
「クズ共がぁ!」
弾幕を腕で払いのけ、居並ぶガンメン達にアディーネが突っ込んでくる。ツインボークンのロケットパンチが電送管から尻尾に絡め取られて振り回された。巻き込まれたキッドナックルが土煙を上げながら地面に転び射線へ割り込まれたアインザーが間合いを崩されて仕方なく飛び退った。
キッドナックルを踏みつぶそうと脚を振り上げたアディーネ専用カスタムガンメンの脚をモーショーグンが切り払う。しかし厚い装甲からは鈍い音と火花が散るだけで破損はなかった。
「三流ガンメン共、束になってかかってきな!
私がまとめて八つ裂きにしてやるよ!」
渦中で啖呵を切ったアディーネに応じて彼女のガンメンが姿を変える。蝶のような姿を晒した相手に生意気だと言わんばかりのソーゾーシンが飛びかかった。だがやっと両腕を取り戻したばかりのツインボークンが投げ飛ばされ空中で激突する。
いの一番に立ち向かおうとしていたキングキタンはビャコウの刀と干渉しあって立ち上がりが遅れていた。狭い場所に密集して戦うのに大グレン団は向いていない。
まるで連携の取れていない動きにロシウが眉を潜めた。その隣でシモンが乱暴に操縦桿を引きグラサンソードを掴み取る。彼女お得意のドリルはラガンが無ければ使えなかった。
「下がってろテメェ等!」
仲間の動きに逆に長い得物の自由を奪われていたカミナが叫ぶ。そうしながら正眼に刃を構えて対峙したビャコウを見てアディーネが憎々しげに呟いた。
「そこは虫けらの席じゃァないんだよ…!」
押し殺した呟きと共に低い姿勢で二枚の翼を折りたたんだガンメンがビャコウへ走る。真っ向から受けて立とうとしているカミナに気づき、シモンはグラサンを振りかぶった。直行体勢だったアディーネは斜め後方からの攻撃にバランスを崩す。
「シモン!?」
一対一で争うつもりでいたらしいカミナが声を上げるが聴いている余裕はなかった。グレンのモニタの左端で赤い光が点滅し、素早く読み取ったロシウはシモンに肩をぶつける。
「シモンさん、ダイグレン動きます!」
心得てグレンの動作を併せ、シモンは倒れたソーゾーシンの片腕を引きずった。モニタの文字は読めなくても地面の震動でダイグレンがどう動こうとしているのかはシモンに伝わる。
ツインボークンを担ぎ上げようとして失敗したグレンを後ろからモーショーグンが支えた。礼を言うよりも早く、体勢を立て直したアディーネにグレンは蹴り飛ばされて地面を転がる。
「シモン!」
激したカミナが細いシルエットのガンメンに斬りかかった。だがグレンは立ち上がりざまビャコウの腕を掴んで無理矢理後ろに下がらせる。
その瞬間、ダイグレンがのそりと上げた足を振り下ろした。
あまりの重量に激しく地が揺れる。続いた小さな振動は、振り子のようなダイグレンの脚の動きに蹴り飛ばされたアディーネのガンメンが落ちたためだ。
四天王は無論直ぐさま立ち上がろうとしたが、痩身のガンメンはまるで叩き潰された虫のように弱々しく震える。
「…やった!」
背中のフレームが砕けたのだと理解したロシウが小さな歓声を上げた。キッドナックルを回収したキタンも機嫌良く叫ぶ。
「今だ、踏みつぶせ!」
仲間ごと腕を振り上げて盛り上がる声にやや遅れてリーロンの愚痴が潜り込んだ。
「そんなこと言ったって、足下はよく見えないのよ!」
音声に雑音が少し混じるところを見ると相変わらずダイグレンはビューティフルクイーンに駄々を捏ねて居るらしい。
「リーロンさん右下、心なし右に寄って…」
「駄目だロシウ、ダイグレンが転ぶ」
心得て誘導しようとしたロシウをシモンは遮った。真っ赤に塗り直されたダイガンメンは前方に重心があるせいであまりバランスがよくない。よたよたと足下を探るダイグレンに踏みつぶされては溜まらなかった。ガンメン達は次々とダイグレンの影から待避する。
第三艦橋から指示を出しているらしいキヨウとキヤルの声が混線し、そして今正にアディーネを踏みつぶそうとした瞬間三姉妹最後の一人が悲鳴を上げた。
「前方注意!」
高く上擦る忠告に大グレン団の視線が統一される。だが視線の先にあるものを正確に捉えられたか否かは各人によってばらつきが出た。
土煙を破って接近する白い弾丸がなんなのかを知ったシモンはビャコウをグレンの肩で押しのける。が、彼女の予想を裏切って白い影は彼らの手前で足を止めた。
ダイグレン下に飛び込んだエンキドゥの腹の顔がグレンと、その向こうに立つビャコウを憎々しげに睨む。しかし上官の傷を知ったヴィラルは彼の感情を叫ぶに留めた。
「貴様…今日のところは一旦退くが、この次会った時には決着をつけるぞ!」
捨て台詞にいきり立ったカミナが刀を閃かせて後を追おうと構える。しかし予測以上のエンキドゥの足の速さと、自分を見るグレンに仕方なく刃を納めた。次に勝つため退く心構えは前にも一度彼ら兄妹を救っている。
半壊した仲間を抱えて戻った甲板で、ダヤッカイザーに寄り添われたニアが待っていた。正しくは待っていたというより動けないだけなのだろうと武骨な男達ですら察する。
「…兄貴、行きたいところがあるんだ」
呟いたシモンに、カミナは一度頷いただけだった。
そっとコアドリルを回す。覚えのある箱とは違い、白い煙も温度の違う空気も流れては来なかった。ギ、とこれも知っている箱には無かった錆びた音が立つ。
開いた蓋の合間から中をのぞき込んでシモンは静かに黙祷した。
振り向いたシモンに視線を合わせられてニアが肩を揺らす。灰色の瞳に誘われて隣に立った少女の華やかな双眸が箱を覗き込んで眉を寄せた。
今ばかりは笑顔を失い痛みを耐える顔をしたニアの傍らへ立ったカミナが金色の頭を撫でる。一瞬泣きそうに喉を鳴らしたかつての姫君はその代わりに囁いた。
「…皆、私より前の姫たちなのですね」
断崖による影さえ赤く染める夕日の中、たおやかな手が己の胸元を握る。
「お姉様たちを、ここに捨てたのは……お父様、なのですね」
認めがたい現実を真っ向から飲み込んだニアはぐるりと谷間を見渡した。問いかける口調は答えを求めていない。
いつからここにあるのか判然としない箱の中がどうなっているのかは、見ずとも解ることだった。
「…兄貴、この子たちを埋めてあげよう」
佇むニアとカミナは声に驚いたようにシモンへ顔を向ける。二人と、それから一歩下がっているロシウとヨーコと仲間達の視線を受け止めて彼女は死者の眠る箱を撫でた。
「お墓がないのは可哀想だ…」
墓は生きている者のための慰めでしかない。
両親の、あの空っぽの墓床を思いながらシモンは箱をそのままにはしておけなかった。
「解った」
妹分が何を思いだしたのか理解したカミナが頷く。彼が促すまでも無く、仲間たちは柩を埋めてやるために足を踏み出した。
並んだヨーコに肩を叩かれてニアが弾かれる仕草で顔を上げる。それから急いで口をひらこうとした彼女から逃げるようにシモンはゴーグルを下ろしドリルを握った。
ニアに礼を言われる筋合いはない。穴を掘るのはニアの姉たちのためではなく、自分のためだ。それが誰の遺体だったとしてもこうしただろう。
おそらく自分はこれからも戦い続け、殺し続ける。
それでも悼むことを忘れてしまいたくはない、ただそれだけの我が儘だった。
幾つ墓を並べたのか誰もが数えるのをやめた頃、ついに最後の墓標が立った。
土にまみれた手を誤魔化すようにズボンへ擦りつけたシモンの隣にニアが並ぶ。汚れた手にか細い指が伸び、逃げそうになった豆の痕のある掌が囁きに固まった。
「シモン。
私、お父様に訊ねたのです」
こちらを見ないまま語るニアの横顔をなぞってシモンも真新しい墓地を見やる。繋いだ手を頼って、外の世界に触れたばかりの少女は声を震わせた。
「私は、なぜ、生まれてきたのかと」
決して優しくはない世界を目に焼き付け、それでも見知らぬ姉たちを同じように悼んでくれた人々に見守られたニアは夜空にかかる月を見上げる。この空の下にある城の代わりに。
「その途端、お父様はお心を閉ざされた…」
戸惑う口調で言いながら彼女が迷ってはいないことを知ったシモンは柔らかな手を握り替えした。傷つきやすそうな白い肌の女の子は、もう迷子ではない。どこへ行くべきなのかを彼女はもう解っていた。
こちらへ視線を降ろしたニアへ頷いて、シモンもまた彼女の舵を取り直す。
「どうしてなのか、訊きにいこう。
俺たちと一緒に」
自分の目的を見つけられず、言いたかった言葉も伝えられなかったシモンにも出来ることはあった。
カミナを、ニアを、テッペリンへ送り届ける。
そのために命を賭けることをシモンは厭わなかった。
なんのことはない、答えは最初から彼女の中にあったのだ。それ以外にどうせ出来ることなどないのに何を迷っていたのだろう。
父へ言葉を届けに行こうとする少女に置き去りにされた自分の言葉を託すと心に決めた勝手なシモンに、ニアは密やかな笑顔を向けた。
「シモン、ありがとう」
それは何に対してだったのか、自分を助けてくれたことにか姉たちの墓のことにかそれとも今した約束についてなのか。
敢えて確認しないまま、シモンは自己満足に溺れる己を静かに自嘲した。
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