管理人です。
今年は、例年にも増して周囲の方々・閲覧して下さる皆様に支えられた1年でした。
己の非才と至らなさに各所へご迷惑を振りまきましたこと、深くお詫び申し上げると共に、お付き合い頂きまして厚く御礼申し上げます。
ウェブやイベントで構って下さった方、友人一同、本当に有り難うございました。
新年の挨拶は旅行より戻ってからとなるかと思われますので、コレが本年最後の更新です。
オマケは以前Simple Textのさとみ様へ差し上げたアバン文。
ブログでの公開許可(というか公開命令(笑))を頂きましたので、掲載させて頂きます。
"彼"は笑った筈だったが、声が響いていたかは定かではない。
確かに笑いはしていたのだろうが───最早それを聞く者はおらず、つまるところ彼自身が"笑っている"という認識を持っていない限り物事は成り立たなかった。
今や色の概念も上下すらもただ"彼"のためだけに存在しているのみ。空間も時間も、"彼"そのものが軸となっていた。
つまるところ"彼"が膝をついている床もまた、"彼"がそうしたいと望む体勢を取るための補助に過ぎない。
ひとしきり……刻も今や針を失い、"彼"が満足を得たか或いは飽きたかに過ぎない……笑った"彼"は、空の手を開く。
程なくして碧の光が渦を巻き、そこに小さな螺旋を形作った。
世界の中心が握る楔もしくは最後の一鎚。
新たなる概念を生み出すも、このまま全てを消し去るのも意のまま。
"彼"は口の端を少しだけ上げ、そして何もないが故に白か黒かも解らない空間にそのドリルを捩じ込んだ。
崩壊していく。なにもない世界が、その世界という殻すらも破られる。
楽しいのか、興味を抱いてもいないのか、笑顔だけを貼りつけていた"彼"は。
自分を取り巻く全てが自分の中に取り込まれ共に崩壊することを受け入れていた"彼"は。
それらの要素が己の中に雪崩れ込もうとしないことに気づいた。
時間はない。空間はない。だからどれだけの間それに気づかなかったのか、それとも一瞬で理解をしたのかも判然としない。
けれども確かに"彼"の目の前にはいつの間にか1人の男が立っていて、そして崩れた世界の欠片たちは男が広げた掌の上へと集まり完全なる球形を描こうとしていた。
違う。そんなことを望んではいない。
さしもの"彼"も表情を変え、立ち上がろうとする。
だが目の前の男は球を浮かべるのとは逆の手の人差し指で言葉を封じる仕草を見せた。
支配者たる"彼"はそれに従う必要などないというのに、力が抜けて座り込む。
光を手にした男はしゃがみ、"彼"の手を取った。
広げさせた"彼"の手の上に光の珠を載せ、上下から男の手が包み込む。
光は広がり、"彼"の視界を塞ぎ、尚も広がって────弾けた。
鳴り響いた鐘の音は、終幕を告げるか、はたまた。
耳に煩い音の連なり。それが目覚まし時計であることを彼は"知っている"。頭の中はまだもやがかかって思考を保つことを拒否し、脳髄をかき乱そうとする音を拒む。手を伸ばして目覚ましのスイッチを押そうとして、結局それは果たされなかった。代わりにガチャンと破砕音。ああこれで何度目の墜落だろうと彼は"いつものように"嘆く。もう三度も修理に出したのに。
「起きろ! シモーン!」
ベルにも増して賑やかな声、次いで容赦なく剥ぎ取られる布団。最後の抵抗に枕へ顔を押しつけてももう遅い。どさっとベッドの上に投げられたのは前日のうちに準備することを"習慣づけている"デイバッグ。早く起きないと、"また"寝間着を無理矢理脱がされてしまうだろう。
シモンは瞼を擦り擦り体を起こす。寝ぼけ眼の彼と対照的に、朝も早くから溌剌とした青年が仁王立ちしていた。今時流行らないバンカラスタイルの制服は一体どこから調達したのだろう。
「おはよう、────」
欠伸混じりに告げた朝の挨拶は尻すぼみになった。自分でも理由はよく解らない。ただ、"幼馴染みは"気にした様子もなかった。
「おう、おはようシモン。今日もいい天気だぜ!」
乱暴に開かれたカーテンの向こう、窓の外には青空が広がっている。期末考査を終え、あとは終業式を待つばかりの身であることを思い出し、シモンは幼馴染みの機嫌の良さが何故なのかを理解した。つまり、明日から夏休みなのだ。
「とっとと式ィ済ませちまうぞ!」
「早く行ったって始まる時間は変わらないと思うけど……」
消極的なツッコミは、あっさりとスルーされた。だいたい、夏休みが来る前にテスト返却と通知表が待っているのであって、であるからには補習の恐怖がつきまとうはずなのだが。青春を謳歌する気まんまんでいる昔なじみはそんなことを意に介している様子はなかった。
「先に飯食ってるからな」
投げ渡された制服を受け取ってシモンは頷く。もう一回、大きく欠伸が漏れた。
朝からよくぞそれだけという旺盛な食欲に付き合うのは諦め、飼い犬の相手をしていたシモンは玄関のチャイムに応じて席を立つ。おはよう、と言いながらドアを開けるととびきりの笑顔に迎えられた。
「ごきげんよう、シモン」
花を散らしたような瞳を持つクラスメイトが夏に合わせて切ったふわふわの金髪を揺らす。その隣で、こちらは季節に構わず長いままの髪を括ったそっくりの顔の少女が無愛想に軽く頭を下げた。
「おう、ニアにクロニアか。早よ」
口に白米を頬張ったままの姿で、空色の髪の幼馴染みがダイニングから歩いてくる。意地汚くも箸と茶碗もばっちり完備だ。
「アニキさん、頬にごはんつぶがついてますよ?」
くすくす笑うニアと対照的に、クロニアが呆れて肩を竦める。
「あ、みんなもう来て……って、まだ食べてるわけ?」
開けっ放しの玄関の向こう、表札のついた壁のあちら側からため息混じりの声が投げかけられた。赤いポニーテールに金の瞳の少女が部活道具を抱えながらげんなりしている。
「あらヨーコさん。ごきげんよう」
「おはよ、ニア。シモンとクロニアも。
……あんた、いいかげんにしないと置いてくわよ」
あれだけ終業式にやる気が漲っていたくせに食欲に負けている男へジト目が向く。三和土まで入ってきたヨーコがシモンの肩に腕を回し、左右の手をニアとクロニアが握った。そのままシモンの意志は無視して運んでしまおうとする女3人に向けて米粒を飛ばしながらの抗議が追いかけてくる。
「ちょっ、テメェら! 待ちやがれ!」
ごとんと床に食器を置いたらしいことを背後に聴いて、あとで片づける面倒くささをシモンは嘆いた。何杯めだか数えていないが、最後に口にしていたのは卵かけご飯のはずだ。
「行ってきますね、ブータ」
雑種の茶色い犬にもニアは挨拶を忘れない。そうこうしている間に潰れた学生鞄を持った最後の1人が現れて、これで"見慣れた"通学風景が完成した。
ニアとクロニア姉妹の父でもある校長の訓辞を聞き終えてクラスに戻り、成績表を受け取る。赤は回避した中でも突出しているのは地学の数値だ。理系教科の中でもマイナーな部類に入るこの学問を、シモンは"昔から"愛している。
「みんな、どうだった?」
こちらも赤点は無かったらしいヨーコが気兼ねなく尋ねてくる。彼女は満遍なくきちんと点数を取るタイプだ。
「私も体育大丈夫でした!」
隣の席のニアが心底嬉しそうにしている。少し離れた席でクロニアが撃沈しているのは、たぶん、おそらく、まず間違いなく、家庭科のせいだろう。"少し前にあった"調理実習での惨劇を思い返してシモンは悪いと思いつつも身震いした。
「ロシウはどうせ余裕なんでしょう?」
丁寧に書類をしまおうとしていたシモンの前の席に座っている黒髪の少年の背をヨーコがつつく。学年一位は伊達ではない。ただ、本人は自慢するつもりは毛頭ない様子で気弱な笑顔を見せた。
「ええと、悪くはありません」
「遠慮が嫌みになるわよ、それ……」
気を遣った発言にヨーコが肩を落とす。額面通りに受け取るのはニアだけだ。
「ったく、どーゆー頭してんのかなー。すげー羨ましい」
いつの間にか近くに来ていたクラスメイトが長い髪を掻き上げる。唇を尖らせているところを見ると、なにか失敗をやらかしたようだ。
「キヤルはどう?」
「ダメだ、英語補習ひっかかった……ゴメンなーニア。せっかく教えてくれたのにさ」
「ごめんなさい、私の教え方がよくなかったのですね……力になれなくて」
「そんなことないって。シモンは点数取ったんだろ?」
話を振られて、シモンは"期末考査前に図書室で勉強をした"ことを思い出す。……悪いがキヤルは自業自得だ。図書館で爆睡していた人間に試験の神は微笑まない。気の毒ではあるが補習もやむなしだろう。
「兄ちゃんたちどうだったのかな?」
「イヤでも解るわよ、ほら」
自分の汚点は忘れ去るように口にしたキヤルに、ヨーコが額を抑えつつもう一方の手で教室の入り口を指さす。横開きのドアが豪快に開かれ、ファイアパターンの入った制服をなびかせる青年と、キヤルの兄(こちらは首根っこを掴まれていた)が進入してきた。
「おう野郎共! 成績はどうだ!」
女もいる、という訂正は"もはや"誰もしない。言っても無駄だと"とっくに"学んでいるからだ。
「概ね問題無しです」
クロニアの家庭科とキヤルの英語には敢えて言及せず、ロシウが答える。それに満足の笑みを浮かべた男に、ヨーコが疑わしげな顔をした。
「……あんたはどうなの」
「なめんな! ……赤は無い!」
深読みできそうな台詞ではあったが、敢えてシモンは何も言わずに済ませた。経験上、長期休みを潰すような真似を幼馴染みが"するはずはない"。
「よし、全員大丈夫だな!
これで今年も無事合宿ができるってもんだぜ!」
外の天気によく似たカラッとした笑顔に、シモンは瞬きをし、そしてどうして目の奥が疼くのか首を傾げた。
帰宅部。ありふれたそれであれば、特定の部活に属さず放課後は帰宅する者をまとめてそうと呼称するのであろう。だが数年前、この学校に発足されたそれは全く別の意味合いを持つ。すなわち、『登校から帰宅までの間をいかに有意義に過ごすかを研究する部』略して帰宅部だ。よくぞここまで意味不明な部活の申請が通ったものだと思うが、運動神経の良い者は体育会系に手を貸し、人出の足りない文化系の手伝いも行い、さらに思いついた面白そうなことは何でもやるというこの部は案外部員以外にも好評だ。シモン自身、最初に巻き込まれたときはどうしたものかと思ったものだが。
とにかく、ありとあらゆる活動がごった煮になっている部なので、合宿といっても遠征に出るわけではない。学内にある宿舎に泊まって生活しつつ、他の部の練習相手になったり足りない人数を補ったりみんなで食事を作ったりという、ある意味でまとまりのない日々を過ごすことになる。大きな目玉は文化祭に向けての準備で、無駄に壮大で大がかりな企画の仕込みを毎年入念に行う。設立者の理念が大いに透けている部だが、つまらない、という声が部員から上がったことなど"一度もない"。
楽しそうに合宿のしおりを捲っている部長こと幼馴染みを頬杖ついて眺めていると、視線に気づいたのか赤い瞳がこちらを向いた。
「おう、どうしたシモン?」
特に、なにかを考えていたわけではない。意表を突かれて言葉を失ったシモンを、至極優しい眼が映し込んだ。こんな顔、"滅多に見ない"。でも、"初めてではない"。
「あ、後夜祭で打ち上げ花火とかいいかもな!
アレ、自力で作れんのかな」
消防法を思い切り無視した発言に、シモンは苦笑する。苦笑ではあるけれども、それは確かに笑顔だった。"こわばっていた"顔が解ける感覚。微かな違和感はあってもすぐに忘れてしまう程度。けれども、それでも、違和感は確かに、あって。
布団に入り、眠った筈だ。だからこれは夢。そう、夢。
真っ白い何もない空間に立ちつくした"彼"は思いこもうとして、しかし残酷なほど冷静に思い返す。違う。あちら側が夢だ。
甘ったるい世界に浸っていた自分に舌打ちして、"彼"は目前に立つ男へ向き直る。男の赤い眼はあちら側と同じように優しい色をしていた。
「あれは偽物じゃない。可能性だ」
先回りをするように男は言う。そんなわけがない、全ての可能性は破壊し尽くしたのだから。その考えすら見透かして、空色の頭が横に振られる。
「全部壊したとしても残骸は残る。飲み込んだとしても消え去ったりはしねえ。
世界の欠片は集まって、新しい世界を作るんだよ」
凪いだ声、言葉。なら、俺はなんのために──。
「こんな世界の果てまで1人で来ちまって。寂しがりのくせによ」
男の手が"彼"の頭の上に乗る。ぐしゃぐしゃと髪が掻き混ぜられる。
1人で良いんだ。何も要らなかったんだ。ただ、俺は、……手に入れるために、でもそれは永遠に手に入らないから全てを壊して。
「もう自分を許してやっていいだろ、シモン」
駄目だ、ダメだ、だめだ。だって、俺を許してくれるのは。
「俺は最初から、お前を恨んだことなんて、ねえよ」
縋る眼を真っ直ぐに見下ろして男が微笑む。"彼"は赤いマントの裾にしがみつき、遂に泣き叫んだ。
「……カミナ!」
呼んだ声が最後の鍵。"彼"は、シモンは、カミナに抱き留められながら白い世界が消えていく感触に浸る。そして、その後に残るのは。
今日の目覚ましはベルの音ではなかった。
「ほーらあんたたち! 早く起きなさい!」
働かざる者食うべからず。言いながら腰に手を当てたヨーコはもうエプロンをつけている。
「うわっ兄貴、早く! 早く起きて!」
寝過ごしたことを知ったシモンは隣で寝こけているカミナを叩く。むにゃむにゃ寝言を言っているが酌量してやっている暇はない。なにせ急いで厨房に入らなければ。
「あらあら、今日は私たちがやりますからシモンたちは寝ていても」
「だ、だめよ! ほら、男女平等参画!」
ヨーコが青い顔でニアと、その隣に包丁を持って立つクロニアを押さえる。調理場の方からはロシウの悲痛な叫びが響いていた。着替えている暇などないと知ったシモンは寝間着のままで廊下に出る。
今年の合宿も、波瀾万丈ながら大いに盛り上がるだろうと、ふいに思ったシモンは満面の笑みを浮かべた。
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