母上が二胡の練習をしておられてだな、まあノコギリ音ではないのだが、しかしどうも半音ずれてるんじゃなかろうかと思うわけで。
アアア落ち着かん、落ち着かんぞ!
弦楽器は音出しが難しいのは解るんだ、しかし…しかし…!
引っ越してから部屋の収納の限界でキーボード触れないのに微妙にションボリ。
まあ楽譜読めないから耳コピなんだけども。
この楽譜読めないってのがまた曲者で、幼稚園からピアノを延々やらされてたんだから読める筈なんですよ。実際、初めて数ヶ月くらいまではちゃんと読めていた。読みながら弾いていた記憶がちゃんとある。
なのにある日、楽譜とピアノを前にしたら読めなくなっていた。自分でものすごく混乱したのを覚えている。でもなんで読めなくなったのかは解らない。
母に読めなくなったと訴えた覚えもあるんでどうやら本当に唐突に読めなくなったっぽい。ちなみにその後六年ほど、先生に試し弾きしてもらってるのを暗譜して弾いてた。一回、音階ずらして弾いて見せた為にバレた。
だから何だという話でもないのだが、不思議っちゃ不思議な話だ。
ちなみにピアノは、二度程骨を折ったので練習に間が空いてしまい止めました。
…考えてみたらもしかして骨折経験全三回って割と多かったりするのだろうか。
不注意でよく怪我だの病気だの拾って来ますが入院経験はありません。
そういや師匠とNGがほぼ同時期に二人して「虚無僧が好き」だと告白してきたのですが、彼らの脳はどんなシンクロをしているのでしょうか。
あとバター不足だって嘆くNGに虎でも回せば?っつーたら、師匠が何でバターでホットケーキ作るんだろう、ホットケーキにバターなんてそんなにたくさん使わないよねって言ってました。
そういえばそうだね。
相変わらずの雑談ぶりで済みません。
雑談ついでに雑文も置いておく。
特殊文に入れてある「楽園の棺」の元ネタでスパイラルネメシスシモンとカミナの話。
一時期公開してたんだけども文章がアレだったので取っ払って書き直したのが棺の方であります。
スパイラルネメシスをネッシーって略すのはどうかと思うぞ自分。
こんな風に抱きしめられたことがあったかどうか、寝起きのぼやけた頭では思い出せなかった。喜色に満ちた、なれどふとすれば涙混じりになる声が耳に滑り込んで脳を引っ掻く。
「兄貴…っ!
やっと目を醒ましてくれたんだね」
自分の裸の胸板に押しつけられる藍色の色彩には見覚えがあった。ざらざら皮膚を擦る頭髪の下、日焼けを苦手とする色素の薄い肌も知っている。
だがそれらで構成された身体は記憶にある姿とは重ならなかった。骨格の脆弱さに面影を残しながらも背丈は伸び、手足も延長され、子供子供した丸みは置き去りにされている。纏う衣服もかつてとは違い漆黒の闇を落とし込んでいた。ただ背中に刺繍された燃える髑髏は変わらない。
ああ、これはシモンなのかと。
妙に感慨も薄く思い、その自分が不可思議で首を捻る。
夢中で縋り付いてくるシモンの体温も薄皮一枚隔てた向こう側にあるかのようだ。隙間無く触れ合っている筈なのに対岸から相手を見ているような感覚が抜けない。朧げに捉えた存在は確かにシモンの輪郭以外では有り得ないと感じるのだが。
何が駄目なのか、元よりあまり思案には向かない頭で考える。
思えば今自分が腰掛けているおそらく寝台と思しき物も銀色の細い棒をつなぎ合わせて作られていて慣れない見た目だ。薄暗い部屋の灯りは天井についている玉っころで、これはリットナーで見た物に似ている。さして広くない部屋を囲む継ぎ目のない壁はガンメンの操縦席が似通っているだろうか。床も同じような造りをしていて、なにやら大量の管が床をのたうち回っていた。
知らないものばかりを見せつけられて頭の働きが鈍っているのだろうか。
未知の世界に馴染んだ姿が受け付けられないだけなのか。
抱きついたまま離れない、弟分であるはずの、最早少年とは言えない相手の頭を見下ろす。
大して一向に反応を返さない自分を訝しんだシモンが顔を上げ、濡れた目を瞬かせた。
「…兄貴?」
迷子が親を呼ぶような声と共に巻き付いていた腕が片方外れる。身体に沿って落ちた指が無造作に寝台へ預けられた腕の入れ墨を辿り、その先の手を握った。
人の膝の上に乗り上げたまま、さっきまで頭を預けていた胸に手をついてシモンは僅かに距離を作る。名残惜しそうに別れた掌は相手の頬を撫でようとして、そうするより前に指を折り畳んで離れた。
今更触れることに怯えた顔をして、絡まった指が震える。上目遣いに自分を写すどんぐり眼を前にすれば、カミナ呼ぶべき名はやはり一つしかなかった。
「シモン」
やっと零れた声に呼ばれた方の喉からあからさまな安堵の息が漏れる。
「そうだよ、兄貴」
心底安心したようで、引き攣りかけた頬が緩んだ。気を許す表情は信頼した者に時たま見せていたそれと変わらない。
ならば自分もまた少年だったシモンにしていたのと同じように接するべきなのかもしれない。
だが抱き込むべき身体は今や子供ではなく、カミナの腕もまた迷わずにはいられなかった。
「七年も寝たきりだったんだ。
だから仕方ないよ」
宥める声を口に載せ、シモンがカミナの膝から降りる。
仕方ないと断じたのがカミナの示す態度かそれとも感じる違和感なのか、彼は明言しなかった。
しつこく手を繋いだまま寝台に並んで腰を下ろす。幼さを残した指が稀にカミナの手首を撫でて脈を確かめた。
そうなってしまえば部屋に満ちるのは呼吸音ばかりしかない。誂えられた穏やかさが落ち着かなかった。
次いで追いかけてくる気まずさに耐えきれず、しかし出せる声が気弱に歪みそうなのにも我慢がならずに喉を鳴らす。だがなにかしらの意味を成す前に声が上書きされた。
「シモン。約15分後に敵艦隊と接触しますが」
酷く落ち着いた、戦の前触れとも思えぬ調子が部屋についたスピーカーから流れ出す。途端機嫌の良い子供の顔が鬱陶しげな男のものへと変化した。纏う空気を尖らせて軽い舌打ちすら見せつつシモンは方をそびやかす。
そして彼は思案の暇すらなく投げやりに応じた。
「ぶっ貫いてやりな」
それが不可能などとは全く思っていない口調で命じる一言に慇懃な返事が響く。
「はい」
滞ることなく手慣れた様子でやりとりを終え、それきり垣間見せた残酷な表情はあっさりと影を潜めた。
灰色の瞳がまたもカミナを映し込み無邪気な笑顔が戻ってくる。その貌こそカミナの記憶にある弟分そのままだったが、故に無視できない齟齬が生まれていた。
なるほどこれはそういうことか。合点した男の目元が歪む。
最初感じた違和感は、シモンが成長したからだと思っていた。幼い頃から必然的に変わった部分に戸惑っているのだと。
だが違う。
むしろ変わっていないからこそおかしいのだ。
目の前にある姿からは自分がいない間確かにシモンが重ねてきたはずの年月がごっそり欠けている。背丈が、手足が延びようともまるでだからこそそれ以外が変わることを拒んでいるようだった。
相も変わらず部屋は静謐に満ちている。この場所が戦に巻込まれているなどとは欠片も知らせない。しかし事実として存在しているはずの交戦に、それを指示したシモンは我関せずの態度を貫いていた。
カミナの知るシモンならばそんなことはしない。出来ない。
自らの仕事を放置しておくことなどシモンが出来る訳がない。
違和感の固まり、されど否定しようもなくシモンでしかない男に赤い視線が定まった。慕う相手の瞳に自分が映っていることを素直に喜んだシモンがにっこりと笑みを深める。
それに底冷えを憶えながら、カミナは抑えた声で問いかけた。
「…お前、なんと戦ってんだ」
「全部」
即答振りは先程の指示と変わらない。迷いなどというものを置き去りにしてシモンはカミナの手を握ったまま立ち上がる。
「俺から奪っていく奴も、俺に与えてくれない奴も、俺を縛る奴も、俺を邪魔する奴も、俺を否定する奴は全部壊しちまえばいいって気付いたんだ」
他者と争うことを忌避していた面影も無く、言い切ったシモンはくるりと回ってカミナの顔を覗き込んだ。伴われた漆黒の外套が禍々しく宙に広がる。
そのつぶらな瞳は自分の有様に一切の惑いを持たなかった。隠しているのでもない。そもそもそんな考えが存在しないのだ。
「少しだけ待ってて、兄貴。
道を塞いでいる奴らを蹴散らしたら、兄貴を月に連れていくよ」
楽しそうに嬉しそうにシモンは語る。繋いだ手を引き誘うために立ち上がらせようとして、しかしカミナは従わなかった。
座り込んだままの男にどうしたのとのんびりした声が掛かる。対照的に七年時を止めていた男の表情と声には険が載った。
「…しばらく見ねぇ間に、つまんねえ男になっちまったな。
シモン」
その評価を下すことに苦渋を憶えながらもカミナは正直に言葉を口にする。言われた方はすぐには意図を飲み込めないのかぱちくりと目を丸め、追って首を傾げた。
「…兄貴?」
何を言っているのか。繰り返させようとする男を睨み付け、カミナは手を振り払う。
「兄貴じゃねぇよ」
否定を吐くのは心臓を吐き出すも同然だった。
しかし確かに自分は目の前の男の兄貴分ではない。
「テメェみたいな男に兄貴って呼ばれる筋合いはねぇ」
シモンがかつての姿を失った原因が七年前に置いていった自分の身勝手さにあるのならば、兄と呼んで貰う訳にも行かない。そしてこの男に兄と呼ばれることも許容はできなかった。
相対する男には、シモンをシモンたらしめていたはずの軸がない。
確かに、手に入る物ならば遠慮するなと教えたのは自分だ。
小さな頃から控え目でほしい物に手を延ばすことすらしないシモンの手首を握って引っ張った。
必要だと思えばなんだって掻っ払った。刀も。ガンメンも。戦艦も。
シモンすらそうやって自分が村から掻っ払ってきたのだ。
太陽だろうが伸ばせば手は届くのだと、伴ったシモンに大見得を切っても見せた。
だがどうだ、今のシモンはからっぽだ。
敵と戦うことですらただひたすらの破壊でしかない。何かを得るための手段になっていない。
中身のない男にお前をしちまったのは何だ?
それこそがカミナ自身に他ならないのだと、振り返らないはずの男が滲ませた苦痛と後悔を見てシモンがか細く声を落とした。
「そんな」
泣きそうに歪んだ顔がカミナの視線に貫かれ次第に生気を失っていく。虚ろに染まりいくその顔には貼り付けられていた無邪気さも敵対者へ向けた獰猛さも残らなかった。つまりは、それら全てがかりそめの仮面でしかなくシモンをシモンとして立たせている土台ではないのだ。
「目ェ覚ませ、シモン!」
お前から芯を奪ったのは俺か。
涙の滲む赤い目が映す姿はぼやけた。そのぼやけた形こそが今のシモンだ。
お前が迷えば殴ってやれる。だがお前はもう迷いすらも無くしてしまったというのか。
だとすればもうシモンを元に戻すことは自分にはできない相談だ。七年も眠り続けた自分では力不足にも程がある。しかしそれを信じたくもなく、カミナはシモンを押し隠す霧を払うために拳を握った。
だがそれを振り下ろすよりも早く、音と光と痛みが身体を駆け抜ける。何事が起こったのか理解出来ないまま音源を振り返ったカミナの瞳に長身の獣人の姿が入った。見覚えが全くない、なのに知らない相手ではないと解る。が、その答えを得る前に痛みの根源から派手に赤い飛沫が上がった。
「…!」
淡々とこちらを見つめるシモンが頭からカミナの体液を浴びて紅く染まる。眠りに就く前に落ちた境地へ再び突き落とされながら、呆気なくカミナの意識は闇へと溶けた。
どさりと穀物の袋のように刺青を負った身体が投げ出される。べったり血に汚れたシモンの顔が眦からぼろりと落ちた泪で僅かに洗われた。甲高く引きつった声を上げて彼の膝が床に落ちる。床に染み出した死者の残骸がシモンの衣服に浸透した。
「なんでニアも、ロシウも、ヨーコも、リーロンも、兄貴まで」
悲嘆に暮れる主人の傍にそっと副官が寄り添う。血の海を避けて床に降ろした元のブタモグラは今にも倒れ込みそうになる主を抱き留めた。細身の身体を引き寄せてその耳元に言葉を流し込む。
「あなたには僕がいますよ。シモン。
いつだって、どこだって、僕は一緒です」
例えばどんなにシモンが壊れてしまっても、その心がどれだけ形を違えてしまっても、シモンと呼んで振り返ってくれる限りは間違いなくブータの腕の中の男はシモン以外ではありえなかった。
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